沢木毅彦、東良美季、そして私、藤木TDCの三人で持ち回りしながら、アリスJAPANからリリースされたAVの復刻、ピンクファイルシリーズのレビューをしてゆくことになりました。どうぞよろしくお願いします。
第1回のお題、小林ひとみ作品に触れる前に、まずはアリスJAPANというレーベルの成立について少し書いておこう。
アリスJAPANはジャパンホームビデオ(JHV)という総合ビデオメーカーが抱えるAVレーベルのひとつ。JHV相談役である升水惟雄氏はもともと日本ビデオ映像というメーカーの製作部長で、84年に同社を退社してJHVを設立した。
その日本ビデオ映像であるが、みみずくのイラストをトレードマークとしてパッケージに描いていたことから「みみずくビデオ」とも呼ばれ、代々木忠監督の『ザ・オナニー』シリーズや『愛染恭子の本番生撮り 華麗なる愛の遍歴』などを発売し80年代初頭にはAV界を席巻する。愛染恭子や代々木作品で蓄えた資金をもとに菊池桃子主演の一般映画「パンツの穴」(第一作)や吉川晃司のデビュー映画「すかんぴんウォーク」、4億円アイドル・セイントフォーの主演映画「ザ・オーディション」などにも製作参加したビデオ文化黎明期の大手企業だった。しかし升水氏が独立し、ドル箱だった代々木忠の作品も系列から離れてしまったため同社は経営不振に陥り、約9億円の負債を抱えて85年に倒産している。このような経緯からしてJHVはAVの歴史を築いた日本ビデオ映像の業績を引き継ぐ会社ということができる。
アリスJAPANレーベルからは80年代から今日まで、常にAVシーンを象徴する女優・監督を擁してヒット作、話題作を生み出してきた。黎明期にAV業界のトレンドを牽引してきた宇宙企画やKUKIは経営母体や社内体制が変わってしまったし、VIPについては倒産しすでに会社はなくなっている。
その意味でアリスJAPANは黎明期から存続する貴重なメーカーであるし、同レーベルの作品を俯瞰することはAVの歴史そのものを語ることにも結びつく。レビューされる女優や作品のテーマがAV史に直結していて、時代を代表する美人女優が出演したという要素以上に、ユーザーに伝えられるメッセージは深く豊かなものがある。レビューではそうした点に気を配り、出演するAV女優が登場した背景、また存在意義などにも言及しながら作品の魅力を解説していきたいと思います。
さて、今回取り上げる『セクシーバイオレンス 小林ひとみ』は87年3月10日に発売されている。ビデオ版の発売当時の広告には「限定3000本テレホンカード付き」というコピーがあり、おそらくレンタルショップだけでなく一般ユーザーの購入も意図されていたのではないかと考えられる。
86年春にAVデビューした小林ひとみは、アイドル顔負けの美貌と細身で巨乳のビデオ映えするプロポーションによってたちまち注目される。身長が150センチを少し上回るだけの小柄な体形ゆえにモデルやステージで活躍するアイドルには向かなかったが、もう少し身長があれば間違いなく芸能界で活躍していただろうルックスだ。彼女は、小型な体形があまり目立たないビデオの世界に飛び込んだことでその美貌が完璧に表現されたのだ。
『セクシーバイオレンス』発売時、小林ひとみはデビューから約1年が過ぎ、すでに15本以上の作品がリリースされていた。彼女はトップクラスのAV女優として一般アイドルをしのぐ人気を得ており、AVは1本15,000円程度する高額商品だったが、それでも小林ひとみのビデオなら個人所有したい、ましてや彼女がのヌードが印刷されたオリジナルテレホンカードがつくならば、一本買ってしまおうと決断するファンも数多くいたことだろう。つまりテレホンカードプレゼントは、小林ひとみの人気そのものを象徴しているのだ。
『セクシーバイオレンス』というタイトルはアリスJAPANのシリーズで、86年6月の舵川まり子主演作を第一作に、竹下ゆかりや青木祐子など人気女優を起用して続けられた。小林ひとみ主演は4作目になる。人気女優がレイプ魔に襲われるというシークエンスのドラマ作品で、シリーズを通じ、シナリオや映像のクオリティはそれほど高くない。87年当時の映像だからクオリティが低いのではなく、人気女優を起用したドラマは映像のクオリティを高くすると女優の注目度が相対的に低くなり、ユーザーの性的満足を妨げるため、わざとクオリティの低いドラマで女優の存在感を際立たせる演出になっているのであろう。小林ひとみ自身、当時のインタビューで、人気の高まりとともに彼女を擁護したいファンが増え「あまりハードな演技はしないでください、もう脱ぐのはやめて下さい」などと書かれたファンレターが届くと語っている。
当時のAV界は本番ビデオを乱作した監督・村西とおるが脚光を浴び、代表作である黒木香主演『SMっぽいの好き』(クリスタル映像)がすでに大ヒットしていたし、『マクロボディ 奥までのぞいて』で注目された豊田薫監督がハードかつクオリティの高い作品を次々と発表していた。
本番撮影を完全に拒否し、時にフェラチオでさえバイブなどの疑似ペニスをつかって演じたソフト派女優・小林ひとみは、そうしたハード化してゆくAVのトレンドに対するアンチテーゼではあったが、AV女優のルックスの向上におおいに貢献した。敢然と本番(ハードコア)を否定し、ソフトコア主義を公言するAV女優の登場は、美人タレント予備軍のAV界参入への壁を低くし、この後AV界に多くの美少女アイドルが続々登場する女優黄金期がやってくる。
「疑似本番」と呼ばれたソフトコア演出はドキュメントとしての迫力では見劣りしたが、女優が本番撮影のプレッシャーを気にせず演技に集中できるため、画面で女優がより美しく映えるメリットがあったし、ファンタジックで口当たりの良いポルノを求めるユーザーには圧倒的に支持された。やがてAVは村西や豊田に代表される本番系でハードな路線と、アリスJAPANや宇宙企画が目指したソフトな疑似本番路線に二極化し、その拮抗がAVの質を高めていった。
そうした動きの中で製作された『セクシーバイオレンス 小林ひとみ』は、たしかにスカスカのマンションスタジオやロケセットでお手軽に撮られたドラマという印象を拭えない。しかし人気女優小林ひとみが変質者によってレイプされ、その復讐のために犯人を肉体で誘惑し、ペニスを噛みちぎって割れた酒瓶で刺し殺すというサスペンス仕立てのストーリーは当時の彼女には規制ギリギリのハードな演技だったのではとも考えられ、とても興味深い。
この復刻映像ではモザイクが現代の基準でかけなおされているため、87年当時には見ることができなかった小林ひとみのヘア、アナルなどが見られるようになった。セックスシーンでどういった演技が行われていたかも当然、露呈してしまうのだが、フェラチオに関しては意外にも男優の生の性器を握って口元まで運んでいるようで驚かされた(最近のAVからすればあまりにもソフトだが)。さすがに結合シーンはピンク映画並みのソフトな演出で、いわゆる”ハメしろ”など見られようはずもない。むしろあくまで映画的なレベルにとどめた演出が、いかにも”80年代のAV”を思い出させて筆者のようなオールドファンを感傷的にさせる。
余談ではあるが、終盤、レイプ魔が落とした紙マッチをたよりに復讐に向かう小林ひとみが辿り着くバー「唯唯」は、新宿歌舞伎町の花園神社境内に実在した地下の店で、筆者も何度も飲みに行った。数年前に閉店し、現在は別の経営者が違ったコンセプトのカフェを開いている。筆者の青春の一部ともいえる酒場が昔そのままの造作で登場したことで、さらに感傷的なイメージを抱いてしまった。中年ユーザーにとっては、もう戻らない青春時代を回顧するきっかけになるという意味でも、こうしたAVの復刻は意義のあることだと思える。まさか、自分が着席した酒場のテーブルの上で、小林ひとみが濡れ場を演じていようとは――苦い酒の思い出が甘美なカクテルに変わる経験である。
(文=藤木TDC)
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