セックス体験談|別れのピロートーク#5


「あのさ、俺大学通ってるんだけどさ」


 だから、どうでもいい言葉が無意識に口から飛び出る。静寂が耐えられなくなって、間を埋めるだけの言葉が溢れ出る。長い間静かでいると、梨香が痛がっていたという事実が僕を襲ってくるから。


「授業もぜんぜん行ってないし、けっこう暇なんだよね。家から遠いっていうのもあるからさ、出るのも億劫というか。大学の奴らは面白いんだけど、なんかこいつらと一緒になりたくないなーとか思っちゃって。だから、うん、なんで俺大学生やってるんだろうって思ったりもする」


 終着点のない見切り発車で話し始めた話題だった。でも走り出したら止まれない。終着点がわからないまま、ただ出てきた言葉を発していく。


「だからさ、梨香が高卒で働いているのマジですごいと思う。尊敬してる。俺も早く働いてみても良かったんじゃないかって思った。こう言ったらさ、大学に行きたくても行けない人に怒られちゃうのかもしれないけど、でも本当にそう思うんだよね」


 そこまで話すと、僕の腕の中に丸まっていた梨香が顔を上げた。僕は続ける。


「だからさ、そんな梨香に会えて嬉しいというか、大学にいる人って遊ぶことしか考えてないみたいな人多いから。こうやって頑張って働いている梨香と知り合えて嬉しい」


 梨香と目が合ったが、思わず僕は目をそらしてしまった。少し気まずくなって、慌てて言葉を繋げる。


「だからさ、俺も頑張ろうと思って、その…アメリカに留学することにしたんだ。アメリカ。うん、アメリカ。急に決まったことだからあれだけど、うん、梨香を見てアメリカに行こうって思って」

「そうなの?」


 梨香が僕の胸に語りかけるような形でそう声を出した。声が胸に当たって少しくすぐったかった。


「そう…アメリカに、行くことにした。だから、しばらくは会えないかもしれない。でも、これは梨香のおかげなんだ。本当にありがとう」


 そこまで話すと、梨香が「ふふふ」と笑った。


「え、なんで笑ってるの? なんか俺、おかしなこと言った?」

「ううん。言ってないよ。ただ急に真面目な話になったから面白くなっちゃって。男の人ってエッチした後、みんな真面目な話するよね」


 梨香は僕の胸に顔を埋めて言った。


「じゃあ、今日でしばらくはお別れってことなんだね」


 アメリカに留学するなんて嘘だった。見切り発車した会話を無理やり終着点に持って行こうとした結果、出てしまった嘘だった。話題をセックスからそらせればなんでもよかった。話してないと、痛がらせてしまったセックスに対して何か言われてしまうのではないかと怖かったから。

 梨香は「男の人ってエッチした後、みんな真面目な話するよね」と言った。梨香は何人くらいの男たちと体を重ね合わせたのだろうか。そしてその中に、恋人だった人は何人いたのだろうか。

 梨香が言った、エッチをした後に真面目な話をした男たち。それがもし梨香の恋人ではないとしたら、僕は彼らの気持ちがわかるような気がした。

 なぜセックスが終わった後に真面目な話をしてしまうのか。それは、セックスの曖昧さに耐えられないからなのだと思う。

 付き合っていない人とのセックスはすごく曖昧だ。これから付き合うために体の相性を確かめるセックスなのか。寂しさを埋めるためだけのセックスなのか。ただの性欲を処理するためのセックスなのか。ストレス発散的な意味合いでのセックスなのか。恋人同士ではない男女がセックスを行う理由には様々なものがある。

 そんな曖昧なセックスをし終わった後、男たちは怯えてしまうのだろう。もしこのセックスがこれから付き合うためのものだとしたら。相手がそういうふうに強く思い込んでいたとしたら。セックスが終わった後、もし「私たちって付き合うんだよね?」と確認されてしまったとしたら。

 男たちは自分の望んでいるセックスと違う意味付けをされてしまうのを恐れて、そういうことを相手に確認される前に誤魔化すようにして真面目な話をしてしまうのだろう。自分が恋人ではない女性を抱いたという不誠実さを隠すために。曖昧なセックスから話題をそらすために。

 もし本当にセックスをしたふたりが愛し合っている関係なのだとしたら、セックス終わりに真面目な話などしないだろう。なぜなら、愛し合っているふたりならセックス終わりのピロートークに愛の言葉を交わすはずだから。


「そうだね…。しばらくは、お別れだね」


 梨香を痛がらせてしまったという事実と向き合いたくなくてついた嘘。明るくて純粋な梨香を自分みたいな人間が汚してはいけないと正当化したような、責任を負いたくないだけの嘘。

 このまま梨香との関係を続ければ何度もセックスできる可能性があるのに、僕はそこからいつも逃げ出したくなってしまう。

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