「うん…いいよ」
もう、無理矢理でもいいから終わらせたかった。ずっと痛みを感じ続けるなら、一瞬だけ我慢してすぐに終わらせたかった。
「じゃあ、腰振るね」
僕は徐々に腰の振るスピードを上げた。モノを壁にぶつけたような痛みが走る。僕は歯を食いしばり、まるで深い海に潜っていくかのように息を止めて腰を振った。
「あっ! あん! あっ! あん!」
梨香が気持ち良さそうな喘ぎ声をあげた。だがそれは、僕が「梨香は気持ち良さを感じている」と思いたいから、そう聞こえたのかもしれない。
ギシギシとベッドが激しく軋んだ。その音に合わせるように、乳房がブルンブルンと揺れる。僕は耳をふさぐような気持ちで、ただ揺れている乳房だけを見ていた。その柔らかい景色だけが、今の僕を興奮させてくれるものだった。
「イ、イくよ!」
モノの先端から液体がドクドクと流れ出る。体中に広がっていた熱が急激に冷めていく。梨香の乳房は重力に負けて、だらんと両側に垂れた。僕はそんな乳房を見ても何も感じなかった。
ゴムが外れないようにしながら、ゆっくりとモノを抜いた。役割はもう終わりましたとばかりに、モノは萎んでいた。僕は机の上に置いてあったティッシュ箱から一枚とって、外したゴムを包む。そして立ち上がり、部屋の中のゴミ箱に捨てた。
振り返ってベッドを見ると、梨香がぐったりと倒れていた。少し足が震えているように見える。良いセックスをしたのであればその震えは「気持ち良かった」というあらわれになる。だが今は、その震えは僕を喜ばせさせない。
「大丈夫?」
いたたまれなくなって梨香に声をかけた。梨香は「大丈夫」と倒れたまま頷いた。
動かない梨香を見たくなくて、僕は不安を隠すように抱きしめた。梨香の体から熱を感じる。触れた梨香の足から震えを感じる。
そんなに痛かったのか…。
心が苦しくなる。なぜこうなってしまったのだろうか。僕はただ、梨香と楽しくセックスしたかっただけなのに。僕はこうなりたくて梨香の家に来たわけじゃない。
罪悪感と後悔がぐるぐる頭の中を回る。そんな僕の腕の中で、梨香は体を丸ませた。まるで子宮の中ので眠る赤ちゃんのように。
「ごめん…痛かったよね」
「ううん。大丈夫だよ」
ううん。大丈夫だよ。「痛くなかった」という回答でなかったことが、痛かったのだという事実を突きつけてくる。
その後は僕はもう何も言えなかった。梨香も黙ったままだった。そのまま抱きしめ合いながら、少しだけ静かな時間が流れた。
その静かな時間の間、僕の頭の中にはぐるぐると言葉が回っていた。自分の前戯にダメなところはなかったか。梨香の反応におかしなところはなかったか。セックスをする前と終わった後のギャップはなぜ起こるのだろうか。今更答えの出たところで現実は変わらないそんな問いが、ただ頭の中をぐるぐるしていた。
世の中にはたくさんセックスの情報が溢れている。そして、誰かのセックスにまつわる体験談も。
そのほとんどが「濃密に愛し合う」という言葉がふさわしいような、誰もが憧れるセックスについてのものだった。誰かのセックス体験談に出てくる女性は、みんな快楽に身を委ね、激しく乱れていた。セックスに没頭し、何度も何度も絶頂していた。そんな女性の中には受け身ではなく、積極的にセックスをしたがる人も数多く登場していた。
そんな他人のセックスの情報に触れると、みんな自分とは違うエロに溢れた貪欲で刺激的なセックスをしているのだと思い、僕は自分を責めてしまう。みんなのようなエロに溢れた貪欲で刺激的なセックスをしたいと努力するも、なかなかうまくはいかない。
AVにもあるような刺激的なシチュエーション。芸能人似の美女とのセックス。そんなファンタジーな世界のようなことを、一般素人がしているという事実。自分の想像以上にセックスしている人はたくさんセックスしているという事実。僕もそちら側に行きたいと願い行動するも、その前にセックスがなかなかうまくできない。だから、そちら側に立つことはできない。
だが、本当はわかっているのだ。AVのようなセックスをしている人たちは少数派であることも。世の中に書いてあるセックス体験談のようなものは誇張して描かれているということも。セックスにまつわる情報は消費者の期待を煽っているということも。ほとんどの人間がしているセックスはものすごくシンプルだということもわかっている。わかっているのに。
どうしてもそこに描かれているようなセックスを体験したいと思ってしまう。エロに溢れた貪欲で刺激的な理想的なセックスがこの世にあると期待してしまう。
そう願ってしまう僕はセックスが好きなのだろうか。いや、そもそも僕は本当にセックスが好きなのだろうか。そういった情報に煽られているだけなのではないか。「大企業に入ったら一生安泰」みたいなその時の世の中の価値観に流されているだけなのではないか。
なぜ、僕はこんなにもセックスで悩むんだ?
セックスが本当に好きな人なら悩まずに、そんなことを考えずにセックスをしているだろう。セックスよりも大事なものがある、セックスがすべてではないと言い切れる人は、セックスに固執せずに生きていけるのだろう。
僕はどちら側の人間なのだろうか。
そんな思考が、この静寂の中でぐるぐるしていた。この話を梨香に打ち明けてみたくもなるが、理解されないだろうと思うと言葉は喉の奥から出てこない。