「えっ」と梨香は言った。その言葉は防音が施された部屋の壁に、あっという間に吸い込まれてしまう。
戸惑いを見せる梨香に、僕は再び言う。
「ここを舐めて欲しい」
僕は梨香の手を取って、足と足の間に持っていった。そこはもうすでに大きく膨らんでいた。
「え、それはちょっと…」
戸惑いを見せる梨香に、僕はたたみかける。あの、居酒屋の会計のとき僕が感じた気持ちと同じものを、梨香に感じてもらうために。
「お願いはまだ終わってないよ」
「でも、キスしたし…」
「舐めてくれたら、遅刻したこと忘れる」
「…」
罪悪感があったから、僕は会計を全て出した。梨香が遅刻したことに罪悪感を強く抱けば、そのぶん、罪悪感を埋める何かをしなきゃと思うはずだ。
「梨香」
意地悪なことをしている自覚はある。僕は勇気を出して、真剣に梨香の顔を見つめた。
「少しだけでいいんだ。梨香が舐めてくれたら、すごい嬉しい。遅刻のことも忘れる」
本当は遅刻なんてどうでもいい。誰だって遅刻をすることはある。
キス。もっと深く。ベッドで愛して。
その歌詞を歌う梨香の歌声が蘇る。
「梨香」
その柔らかな唇。うねうねと動くいやらしい舌。その口で僕のモノを咥えて欲しい。
ベッドで愛し合う前に。
「…うん。わかった」
梨香は何かを決心したように呟いた。
僕はパンツを脱ぐ。すると、大きくなったモノが顔を出した。
「お願い」
「…うん」
梨香が手でモノを持つ。少し苦しげな表情をしながら。
梨香の顔が下に落ちる。梨香の横顔が目の前を通り、やがて後頭部しか見えなくなった。
パクッ。
梨香の口の中にモノが入った。
亀頭に生温い吐息を感じる。梨香の舌がカリに当たり、ゾクゾクとした快感が下半身から身体中に広がっていった。
嬉しい。そう感じると思っていた。なのに。
梨香がモノを咥える前の苦しげな表情が頭から離れない。罪悪感が滲んだような顔。怒りにも似たような顔。その表情がべったりと記憶に張り付く。
ジュボジュボと、梨香は音を出しながら激しくしゃぶり始めた。
急に激しくなり、快感は増していく。それに合わせるように、僕の思考は停止した。
梨香がフェラをしてくれている。今はそれだけでいい。
僕は記憶から梨香の苦しげな表情を強引に剥がす。そして後頭部を見つめながら、その向こう側にあるモノを一生懸命しゃぶっている梨香の卑猥になっているであろう顔を想像した。(続く――)
(文=隔たり)