梨香が「はぁはぁ」と呼吸を整えながら、Tシャツで体をあおいでいる。ちらちらと胸元が見え隠れし、僕は冷静を装いながらも、そこに視線を落とした。ブラが見える。部屋の中は暗かったが、それがピンク色のブラであることがわかった。
無防備だ、と思う。この無防備さに、僕の欲望は刺激される。
「うん。けっこう待ったかも」
ピンクのブラの残像が消えない。本当は「ぜんぜん待ってないよ」と言おうと思ったが、性欲が邪魔をした。もう梨香の体に触れたい。僕は梨香から遅刻の連絡が来たときに思いつき、そして用意していた言葉を告げる。
「だから、お願いを聞いてほしいなっ!」
あたかも「冗談である」と告げるように、僕は声を高くしておどけた口調で言った。嫌な思いを与えず、そして嫌われないように。けれども、自分の欲望を叶えられるように。僕は「ノリ」という誠意のないおどけた行動でカモフラージュして、告げる。
「遅刻をした罰として、お願いを聞いてほしい!」
「お願いってなにぃ!?」
梨香は僕のテンションに合わせるように、明るい声でそう言った。よかった。梨香は楽しんでくれている。同じ温度感で会話ができている。これでいい。この温度感の方が、いやらしい性的な要求をポップに伝えることができる。
「お願いは…キスで!」
「キス!?」
「うん。キスしてくれたら、遅刻したことは忘れる」
えー、と梨香が笑った。よし、大丈夫だ。梨香はこの雰囲気を楽しんでいる。
「お願い」
僕は目をつぶり、梨香のキスを待った。
「えー本当にするの?」
「うん」
「…わかった」
唇がそっと重なる。梨香の唇には、まだ夏の暑さが残っていた。
「はい! 終わり!」
梨香が唇を離す。僕は梨香の腕を握る。
「もう一回」
「え」
「もう一回、キスしてほしい」
梨香は考えるように一回静止した後、「仕方ないな」と言って再びキスをしてくれた。そのキスを逃さないために、僕は梨香の口の中に舌を差し込む。梨香は一瞬驚いたように舌を戸惑わせたが、最終的には僕の舌を受け入れてくれた。
梨香の肩にそっと手を乗せる。そこから蒸発するような熱を感じた。梨香の体はまだ冷めていない。なら、体が冷めてしまう前に、心も熱くさせたい。体が興奮しているのだと、梨香に錯覚させたい。
もう僕らは当たり前にキスができるようになった。だから、もっと先に進みたいと思うことは自然な気持ちである。
「梨香」
僕は唇を離して名前を呼んだ。梨香の目はとろんと垂れるように力を無くしていて、いわゆる雌の顔をしていた。
「舐めて欲しい」
キスをしてしまったから、もう「冗談」で性欲を隠すことはできない。この雰囲気を加速させるために、僕は真剣な眼差しで梨香を見つめる。