「またカラオケに行くの楽しみだねっ!」
トイレから戻ると、「次はいつ会うのか」という話になった。僕としては梨香の新しい一人暮らしの家に行ってみたかったが、それはわかりやすく下心がありすぎて、切り出すこと勇気はなかった。
また会いたい、と梨香が言ってくれたことに僕は安堵した。嫌われてなくてよかった、とほっとした。でも冷静に考えれば、カラオケでキスをしたといえど、居酒屋では普通の会話しかしていない。むしろ、梨香は僕に対して「仕事の話をたくさん聞いてくれてありがとう」と感謝していた。頭の中で食欲だの性欲だのベッドだのと考えていて相槌を打つことしかできなかっただけなのだが、梨香にとっては「私の話をたくさん聞いてくれた」ということなのだろう。
色々な案が出たが、結局はカラオケに行くことに落ち着いた。二人の共通の趣味だし、一度カラオケに行っているからまた行きやすい、という結論だった。入ったことない場所に行くよりも、一回は行ったことのある店の方が馴染みがあって心理的負担は少ない。
「じゃあ、またね!」
新宿駅の改札の中に入り、梨香は手を振った。僕も「じゃあまた」と口角を上げながら手を振る。カラオケでまた会おうとなったが、梨香はキスがしたいからそれを選んだのだろうか。それとも、今度はたくさん歌いたいから、カラオケを選んだのだろうか。
その真相はわからない。わかりやすい反応を見せる梨香だからこそ、その反応が意図的にわかりやすくされているものだったとしたら、そこに隠された本音には絶対に気づくことができないだろうと、人混みに消える梨香の背中を見ながら僕は不安になった。
今日も暑い。だが、初めて梨香に会った日よりかは涼しく感じる。
前回と同じ新宿南口の改札前で僕は梨香を待っていた。少し涼しくなったからか、改札から出てくる女性たちの肌の露出が少なくなっている。少し楽しみを奪われたようで残念な気持ちになったが、別にその女性たちと何かがあるわけではないと思うと、どうでもよくなった。
今日もこないだと同じカラオケ店に行く予定だった。またキスができるのだろうか。今度はその先までいけるのだろうか。持て余した性欲によってそんなことを妄想しすぎてしまい、昨日の夜はなかなか寝付けなかった。
ピコン、とラインの通知音がなった。待ち受け画面に梨香のメッセージが表示される。そこには「ごめん。遅れます」という文字が土下座のスタンプとともに送られていた。
僕はすぐにラインのアプリを開き、返信する。
「ぜんぜん大丈夫だよ! ちなみに、何時くらいに着きそう?」
「本当にごめん! 30分~45分くらい遅れちゃうかも」
梨香から涙を流した絵文字が大量に送られてきた。今から三十分から四十五分。涼しくなったとはいえ、まだまだ暑い。この暑さの中で30分以上待つのは、正直しんどい。
どうしようかと返信を迷っていると、ふと、こないだの居酒屋の出来事を思い出した。心の中で性的なことばっかり考えていた罪悪感から奢ることを決めた、あの瞬間を。
うまくいけば梨香に触れられるかもしれない。少し強引な手法ではあったが、一度想像するとそれ以外のアイディアは出てこなくなり、むしろそれが一番正しい選択肢のように思えてきた。
僕は携帯を操作し、ラインを送る。
「ぜんぜん大丈夫! ただ、暑くて待ってるの大変だから、先にカラオケ行ってるね! 部屋番号わかったら送る!」
「了解! 本当にごめんなさい!」
梨香のラインを確認し、僕はゆっくりとカラオケに向かって歩き始めた。
案内されたのは狭い部屋だった。狭すぎるなとも思ったが、前回の部屋が広すぎたのだ。むしろ、狭いほうが梨香との距離も近くなるし、僕が考えているプラン的にはこちらの方がいい。
さっそく梨香に部屋番号を送り、僕はカラオケの機械をポチポチといじった。暇だったので、適当に何曲か入れて歌う。
暇つぶし程度に歌おうと思っていたのだが、一度歌い始めてしまうとスイッチが入る。やっぱりカラオケは楽しいなと改めて感じた。そういえば、mixiの趣味の欄にカラオケと書いていたな、と思い出す。いつからか、カラオケで曲を歌うことよりも、カラオケでどう梨香の体に触れるかばかり考えていた。それなのに趣味の欄にカラオケと書いたままにしていて、なんだか本当にカラオケが大好きな人たちに申し訳ないと思った。
そんな不安定な気持ちを表現するように熱唱していると、梨香が入ってきた。熱唱している姿を見られ、僕は恥ずかしくなる。
「ご、ごめん。熱唱してた」
「いや、ぜんぜん大丈夫だよ! むしろ声が聞こえてきたから、部屋が探しやすかった。謝るのは私のほうだよ」
梨香は申し訳そうな表情を保ったまま、僕の隣に座った。今日も白のTシャツにショートパンツという格好だった。Tシャツの胸元のロゴと、ショートパンツの色が変わっている。そうやって梨香の体を視線でなぞると、太ももが目に入った。水々しくて、触れたくなる。でも、その欲望をこらえて、立って熱唱していた僕は梨香の隣に座った。
狭いから距離が近い。手を伸ばせばすぐに触れることのできる位置にいる。
「涼しいっ!」
梨香がTシャツをつまみ、パタパタと仰いだ。
「もしかして走ってきた?」
「うん。待たせてると思ったら、申し訳なくて。けっこう待ったよね?」