「この曲、すごい歌詞だね」
僕は思ったままの感想を伝えた。
「確かに、この歌詞はけっこう刺激的かもね」
「うん。なんかセクシーでドキドキしたよ」
「こんな最初に歌うような曲じゃなかったかな?」
梨香は「てへへ」と笑い、右手を頭の上において首を傾げた。
「いや、そんなことないよ。好きな曲歌っていいって言ったし」
「大丈夫ならよかった」
「でもまあ、ちょっとドキドキしたというか、想像しちゃったけどね」
「えーなに想像してるの!」
梨香が明るく笑う。少しエッチな雰囲気を匂わせても嫌がることなく、むしろ笑って返してくれたことに、梨香の魅力を見た気がした。
その大らかさに僕は甘える。
「キスとか、ベッドで愛してとか言うから。梨香が今そう思ってるのかなって想像しちゃった」
「なに想像してんの! これは歌じゃん! 思ってないよ!」
梨香は顔の前で「違うよ」と両手を振った。頬が少し赤らんでいるように見える。恥ずかしがっているのだろうか。そのリアクションが可愛くて、僕の中のS心が動き出す。
「そしたら俺も歌おっかな」
「いいね。なに歌う?」
「ミスチル」
「お! ミスチル歌えるの? すごいね」
「好きだからね。梨香と同じように、今思っている気持ちを歌うよ」
「だからさっき歌ったのは歌詞で、梨香の気持ちじゃないってばー!」
否定しながらも笑う梨香の優しさに心が温かくなった。梨香の声は明るくて、場を和ます力がある。ふと、こういう子と友達になれたらとても楽しいのだろうな、と思った。
では、僕は梨香と友達になりたいのだろうか、ということも同時に思う。わからない。友達にはなりたいのだろうけど、僕にはまだ女友達という感覚がわからない。それ以上に今は、僕は梨香を…。
「じゃあ、歌うね」
「うん。なに歌うの?」
抱きしめたい。
「『抱きしめたい』って曲を歌う」
優しいピアノのイントロが流れ、画面にPVが流れる。ゆっくりと進んでいくメロディーに心を合わせながら、僕は一音一音丁寧に歌った。
サビの「抱きしめたい」というフレーズは、本当に梨香を「抱きしめたい」という気持ちで歌った。少しむっちりとしていて、抱きしめがいのありそうな梨香の体。ずっとネットでやり取りをして仲良くなって、初めてのカラオケという個室で、大人の交わり合いの歌を楽しそうに歌った梨香の体。恥ずかしがる梨香の体。僕はそんな梨香の体を、抱きしめたい。
僕が曲を歌っている間、梨香は横に座ってじっと画面を眺めていた。ときおり微笑みながら体を揺らしていた。
「おお~」
曲が終わると梨香は拍手をした。体の前で小さく叩くその姿が子どもみたいで、愛おしく思えてくる。
「ありがとう」
「いい曲だね、これ」
「そうだね。抱きしめられたくなったでしょ」
僕は梨香を見つめ、本気のトーンで聞く。目が合うと、梨香はまた恥ずかしそうな表情になった。
「ちょっと、なに聞いてるの」
「さっき梨香が自分の気持ちを歌ってくれたから、俺も俺の気持ちを歌ってみたんだけど」
「だからさっきのは私の気持ちじゃないって」
「でも、これが俺の気持ちなことには変わりない」
梨香に近づく。座っている梨香の太ももに、膝が当たった。右手を梨香の後ろに回す。梨香は僕のその行動を拒まなかった。
「待って。本当に?」
「本当に」
僕は左手を梨香の前に通し、梨香を腕の中に包んだ。体には触れずに。