「デートをして、キスをして、その後に触れ合って」
寂しげな都さんの表情を見て思う。ああ、都さんはちゃんとデートをしたいと思っているんだ、と。本当はちゃんと彼氏が欲しいと思っているのだ。その相手を探すようにこの家に男を連れ込むのだが、すぐ手を出して来る男たちに呆れているのかもしれない。
「あなたが夜に私のベッドに来たとき、ああやっぱりこの子もか、と思ったの。なんだか悲しくなっちゃって、だからお仕置きという形で家を出たわ。びっくりしたでしょう」
「はい、びっくりしました」
「でも、そのあと帰ってきた時、あなたの寂しそうな目を見て、不覚にも可愛いと思ったわ。普通は逆ギレとか、ふて寝とかするのにね。ほら、男ってプライド高いから。でも、あなたはそんなことはしなかった。だから申し訳なくなっちゃって。だって、私が勝手にゆっくり関係を深められるかもしれないと思っただけで、あなたは私とやりたいから来たんだもんね。それで胸を触らせてあげようと思ったの」
母性が出てきちゃったのかもね、と都さんは笑った。その姿はどこか少女のようで、都さんにもこんな一面があるのだなと、嬉しくなった。
都さんはこの家でずっと探していたのかもしれない。自分がいいと思える男の人を。都さんが繰り出した駆け引きは、男のレベルを図るためのものだったのかもしれない。
「あなたはもう、私とセックスする気は無いわね」
「はい…。したいですけど、もう無理かなと。セックスしないほうが、なんかいい気がして」
そう言った僕の唇に、都さんはそっとキスをした。
「あなたが他の男たちと違うのは、自分の意志で相手に合わせられることよ。他の男たちは自分の欲望のままに、自分を満たすために私を、女を抱くのかもしれないけど、あなたは自分の意志で女性に合わせられるところがある」
都さんの言ってくれたことは自覚がなかったし、なぜ都さんがそう思ったのかはわからなかった。けれど、都さんが僕を褒めてくれているのはわかったので、僕は単純に嬉しい気持ちになった。
「ありがとうございます。嬉しいです」
「それでも、私はもう、あなたとセックスするつもりはないわ」
「そうですよね。薄々感じてました」
「ええ。もう会うこともなさそうね」
「はい」
「楽しかったわよ。少しの時間だったけど」
「はい。僕もです」
「いい人を見つけなさい。私みたいな駆け引きをする女じゃなくてね。あなたが自分の意志で合わせたいと思って、そしてその行動に気づき、心から喜んでくれる女性にね」
都さんはそう優しく微笑んで、僕を玄関の方に振り向かせ、両手で軽く背中を押した。その行動はまるで弟の門出を祝う姉のようで、僕は初めて都さんの本質に触れられたような気がした。
「じゃあ、行きます」
「ええ。気をつけて」
振り返って、最後に都さん姿を見た。お世辞にも可愛いとは言えないすっぴんの顔、クマさんの人形みたいなフォルム。愛おしいと思った。都さんはこの体で一生懸命生きているんだ。
「じゃあ、行って来ます」
もう二度とと会うことはないのに、最後に僕は「また」という言葉を添えて、都さんの家を出た。
道に出て振り返ると、白いアパートがそこに佇んでいた。見知らぬ街の、朝の景色の中にある、真っ白なアパート。夜来たときには気づかなかったが、その白は「純白」という言葉がふさわしいほどの白で、僕はそれを見て素直に「綺麗だ」と思った。
天気は晴れ。気持ちいくらいに青空が遠くまで広がっている。風の香りが優しくて、僕はそれを思いっきり吸って、吐いた。
都さんとセックスはできなかった。セックスはできなかったけど、僕の心と体はものすごくスッキリしていた。
相性の良いキス。胸の柔らかさ。見た目は可愛くない、けれども、とても魅力的な女性の体温を忘れないようにと心に刻み込み、僕は元の場所に戻るために歩き出す。
その一歩は、どんなセックスをした後よりもエネルギーに満ち溢れていた。
(文=隔たり)