「寂しいわね」
もう都さんの顔を見ないと決めたはずなのに、その言葉で僕はあっけなく振り返ってしまう。都さんはベッドに座ったままこちらを見ていた。カーテンの隙間から差し込む光が、都さんに降り注いでいる。逆光になっていて、顔は見えない。その姿が神々しくて、僕は動けなくなった。
「気をつけてね」
そんな都さんの柔らかな言葉に、僕の心はぐらついた。もう顔は見ない、家に帰るんだと決心しても、都さんの言葉に僕の心はぐらついてしまう。
本当は帰りたくない。都さんとセックスがしたかった。
都さんの優しい言葉によって、僕の中の本音が湧き上がってはくるけれど、もうセックスできないということはわかっている。そう、もうセックスはできない。
それならばと、僕は都さんに思い切って聞いた。セックスはできないけど、それ以外の後悔は残さないでおこうと。
「あの! 都さん!」
僕の突然の呼びかけにも都さんは動じない。ただ光を浴びて、そこにいるだけだった。
僕は視線を下に移す。ソファとベッドの間。ここからは見えないけれど、今もそこにあるものを思い出す。
「ゴミ箱の中を見ました」
都さんの顔は見えない。見えないからこそ、勇気を持って聞ける。
「都さんの家に来た時に、たまたまゴミ箱の中を見てしまいました。都さんがトイレに行ってるときです。そこにはゴムが捨ててありました。それを見て、都さんは最近セックスをしたんだなと思いました」
コンドームに気づいたのは深夜に都さんが家を出たときだったが、家に来た瞬間に気づいたと僕は嘘をついた。これが僕にとって最後の力を振り絞った、ほんのわずかな抵抗だった。
「都さんを見るたび、ゴミ箱の中のゴムを思い出してしまいました。都さんは最近セックスをしたんだ、誰としたんだろう、どんな人としたんだろうって。考えれば考えるほど、そこから抜け出せなくなってしまいました。だから…」
逆光の中にいた都さんと目が合ったような気がした。だけど、僕はそらさずに、勇気を持って想いをぶつける。
「僕も都さんとセックスがしたいと、そう思ってしまいました。だから、都さんが寝るときに覆いかぶさってしまったこと、一緒に寝てくださいってお願いしてしまったこと。本当にごめんなさい」
僕は頭を下げた。僕がしたその行為に対して、都さんが嫌な思いをしたのかはわからない。でも僕は、セックスしたいという下心を隠して接してしまったことを、都さんに謝りたかった。
「そう」
都さんはつぶやくように言い、ベッドから降りた。
「だから、昨日の夜はすみません。寝ようとしていたのに、襲うような形になってすみません。嫌な思いをさせてしまったら、ごめんなさい。でも…キスできたことは嬉しかったです」
都さんがベッドから出たことに気づかず、僕は謝っていた。一度話し始めてしまうと、言葉はスラスラと溢れてしまう。まるで懺悔をするように。
「やっぱり…あなたも他の男と一緒だったのね」
えっ、と僕は顔を上げた。目の前に都さんが立っていた。
「まあ、コンドームを見ちゃったなら、しょうがないか」
都さんは諦めるようにそう呟いた。