隔たりセックスコラム「女と男の駆け引き#2」
隔たり…「メンズサイゾーエロ体験談」の人気投稿者。マッチングアプリ等を利用した本気の恋愛体験を通して、男と女の性と愛について深くえぐりながら自らも傷ついていく姿をさらけ出す。現在、メンズサイゾーにセックスコラムを寄稿中。「隔たり」というペンネームは敬愛するMr.Childrenのナンバーより。 |
▼前回の「女と男の駆け引き」▼
隔たりセックスコラム「女と男の駆け引き#1」 隔たり…「メンズサイゾーエロ体験談」の人気投稿者。マッチングアプリ等を利用した本気の恋愛体験を通して、男と女の性と愛について深くえぐりながら自らも傷ついていく姿をさらけ出す。
テレビ画面には有名な映画が流れているが、内容は全く頭に入ってこない。ダンディな男優とグラマラスな女優の英語だけが、かすかに耳の中に飛び込んでいる。字幕が流れているが集中できず、何と言っているかも全くわからなかった。
映画を見ているようで、意識は横に向いている。横にいる都(みやこ)さんは表情を変えずにただ眺めていた。
「この映画、都さん好きなんですか?」
そう問いかけてはみるものの、都さんはこちらを一度向いただけで、再びテレビの方に視線を動かした。会話をすることよりも、映画を見たいということなのだろうか。同じように映画に集中しようと思うも、やはり横にいる都さんが気になって仕方がない。意識が前、横と行ったり来たりしている。全く落ち着けない。
0時になり、日付が変わった。もう終電には間に合わない。ということは、これで都さんの家に泊まることが決定したことになる。
とりあえず、第一ミッションはクリアだ、とほっと胸をなでおろす。ミステリアスな雰囲気をもつ都さんだから、「終電になったから帰って」と言われそうで気が気じゃなかった。
都さんはそんな僕の喜びをよそにずっと映画を眺めている。すっぴんの都さんは目が細く、唇がぽってりしている。出会った瞬間にすっぴんということを主張していたそれらは、今見るとこちらを誘惑するような無防備な姿にも見える。都さんとシてみたい。だけど、直接「シませんか?」という隙は、都さんにはなかった。
ならば、「気付けば終電の時間が過ぎていた」というように、少しずつ少しずつ、セックスに近づけていこう。
「あの…都さん」
声をかけても都さんは相変わらず映画を見ている。邪魔して申し訳ないと思いつつも、おそらく都さんはこの映画を見たことがあるのだろうと想像し、構わないで話しかける。
「ちょっと寒くなってきたんですけど、毛布とかってありますか?」
そう言うと都さんは立ち上がり、ベッドの上にあった毛布を僕に手渡した。ありがとうございます、と僕は都さんの目を見て微笑み、自分の足にかける。
「あ、都さんは寒くないですか?」
やましいことを悟らせない笑顔を意識して、都さんに尋ねる。
「寒くないわよ」
「そうなんですね。でも、これから深夜になって寒くなると思うので、よかったらどうぞ」
返事を待たずに、僕は都さんの足に毛布をかけた。同じ毛布に、僕と都さんが入っている。ちゃんと互いの足に毛布をかけるには、距離を近づけなければならない。僕は毛布をかけることを装って、自然に都さんに近づいた。
腕と腕が、触れる。体内の血液が一箇所に集まるかのごとく、触れた場所に意識が集中する。ドキドキして都さんを見たが、都さんは何もなかったというように、真っ直ぐに映画を見ていた。
「ごめんなさい」
リアクションが有り過ぎても困るが、なさすぎるのも怖い。触れてしまったことが「大丈夫」というニュアンスの言葉が欲しくなってしまう。僕は都さんの声が聞きたくて、触れてしまったことを謝った。
「大丈夫よ」
ほっとすると同時に、都さんも触れたことに気づいていたのだなと知る。
「ありがとうございます」
僕は真面目な青年のようににっこりと笑い、都さんに感謝を告げた。大丈夫ということは、もう一度触れてもいいだろう、というやましい気持ちを隠して。
「毛布あったかいです」
「そう。よかった」
僕の下半身もだんだん熱くなってますよ、という言葉が頭の中に浮かび上がってきたが、まだそれを言うのは早いだろうと飲み込む。
「都さんと一緒に毛布に入っているからあったかいんですかね。なんか、落ち着きます」
都さんの表情を確認する。喜んでもらうためのアプローチ的な言葉なのだが、都さんは眉ひとつ動かさない。常に変わらない、すっぴんの凜とした表情で佇んでいる。
落ち着きます、という言葉とともに都さんに触れようとしたのだが、それはできなさそうだった。なので、僕は次の策を策を講じる。
部屋が真っ暗なのを利用し、僕は少しづつ都さんに近づいていく。「映画館みたいですね」とか「寒くないですか?」と都さんの顔を見ながら問いかける時を利用し、近づいていった。少しずつ近づき、勇気を出して腕と腕をくっつけてみる。
都さんは腕を動かすことなく、まるで気づいてないというように前を見ていた。僕は腕をくっつけたまま静止する。都さんの微かな体温が腕から感じられる。都さんの家で、真っ暗な中で、毛布に入って、くっついている。
もう少し。
意を決して「都さん」と呼びかけようとしたとき、ふとテレビに流れている映画が目に飛び込んできた。
そこに映っていたのは、ダンディな男優とグラマラスな女優がキスを交わしている姿だった。熱く抱擁し、目をつぶって舌を絡ましている。そういえば学生の頃、普通の面白い洋画だと思って家族の前で映画を見ていたら急にキスシーンが始まってなんか変な空気になったんだよな、とどうでもいいことを思った。
都さんを見ると、真剣な眼差しでそのキスシーンを見つめていた。僕も画面に視線を移す。そこで交わされているキスは美しくて大切なシーンなのだろうが、都さんとそういうことをしたいと思っている僕にとって、そのキスシーンはとても卑猥に見えた。下半身がどんどん熱くなっていく。都さんとそんなキスがしたいという衝動が駆け巡り、止まらない。
「都さん」
都さんの家で、ふたりきり。
「僕も」
真っ暗な部屋で、同じ毛布の中。
「ああいうことを」
テレビに流れているキスシーン。
「都さんと」
時刻は深夜。大人の時間。
「したいです」
体を少し起こし、横から都さんの上に覆いかぶさるような体勢になった。そして、都さんの唇を見つめ、ゆっくりと顔を近づける。
キス、できる。
そう思った瞬間に唇に触れたのは唇ではなく、都さんの指だった。
「ダメ」
断られた、と思ったが僕は絶望しなかった。なぜなら、都さんが微笑んでいたからだ。
「まだ…ダメ。映画を見ましょう」
都さんは僕の唇に指を当てたまま、視線で映画を見るように促してくる。僕は指から唇を離し、元の位置に戻って映画を見た。もうキスシーンは終わっていた。
ダメ、と言われたが、まだ、とも言われた。ということは、この後にキスをするタイミングがあるということになる。都さんは僕とキスをすることを拒んでいない、ということがわかっただけで、そしてこの後キスができるという確証を得られたことで、僕のテンションは上がる。
しかし、都さんはキスを許すそぶりを見せなかった。気づけば、映画のストーリーはどんどん進んでいた。
「都さん」
「なに?」
「その…まだですか?」
「まだ」
焦らされれば焦らされるほど、キスをしたいという欲望が高まってくる。先ほどまでこちらが仕掛けていたはずなのに、今は都さんの手の上で踊らされている気分だった。
キスの欲望はどんどん膨らんでいったが、焦らされすぎるのもストレスだった。欲望が爆発しそうになり、都さんを襲いたくなってしまう。それはダメだ。強引はダメだ、と何度も自分に言い聞かせた。
そんなこんなで映画もクライマックスへと突入していた。もう2時間くらい経っていたのか、と驚く。この映画が終わるまでにそういう雰囲気に持っていきたかったが、全くだった。
いつもならばここで諦めていたのかもしれないが、先ほど都さんがいった「まだダメ」という言葉が、僕を繋いでくれている。そうか、都さんはこの映画をちゃんと見たいんだ。映画が終わったらキスをしてくれるのだろう、と自分に言い聞かせた。
そう思ったら、ぼんやりと映画を眺めることができた。早く終わってくれとは願うが、当然スピードは変わらない。
だが、映画の最後の最後でまた、ダンディな男優とグラマラスな女優がキスを交わし始めた。今回も舌をねっとりと絡ましている。ああ、こんな綺麗な人とキスできるなんて男優さんが羨ましいなとぼんやり思っていると、ついに都さんが口を開いた。
「この映画好きなの」
「えっ」
「好きだから、何度も見てしまうの」
僕は体を起こして都さんの方を向いた。都さんの目には暖かな微笑みが浮かんでいた。
「したいのよね?」
そう急に問いかけられ、「は、はい」と情けない声が出た。
「いいわよ」
え、何がですか、とわかっているはずなのに聞いてしまう。
「したくないの?」
都さんがいたずらに微笑む。笑顔を初めて見た気がした。細い目がさらに細くなって、でもその細さが誘惑的で、吸い込まれそうになる。
やはり、都さんの手のひらで踊らされているような感覚は拭えない。それは自分の思い通りにいかなかったという違和感と、同時に存在している。だが、そこから逃れたいとは決して思わない。なぜなら僕はもう、都さんに踊らされたいととすら思っているから。
「はい。シたいです」
テレビの中ではまだ、男優と女優がキスを交わしている。
「キスしたいです」
僕もあんなキスがしたい。
「いいわよ」
都さんは目をつぶり、僕の唇を奪った。唇が触れた瞬間、全ての音が消えたような、不思議な感覚がした。想像以上の優しいキスに、自分の形がとろけて崩れ落ちそうな気がした。
都さんが唇を離す。待って、と言いそうになった。待って、まだ一回しかしてないじゃないか。
そんな僕の心を見透かすように都さんは微笑む。
「もっとしたいの?」
はい、もっとキスがしたいです。都さんとたくさんキスがしたいです。キスをしたすぎるがゆえに、その言葉が出なかった。僕の意識は都さんの唇に注がれていた。
僕がキスを欲しがっていた顔をしていたのか、都さんは「素直ね」と笑い、もう一度キスをしてくれた。リップの味も、香水の匂いもしない。眠りにつく直前の全てを剥ぎ取ったそのままの、ありのままの都さんの唇は、柔らかくて冷たかった。
今度は唇が離れることなく、少しづつ深くなっていった。食べるようにして唇を挟み合った。口を開いたときに漏れた吐息は暖かく、その先にある熱い何かに触れたいと思わせた。
舌を伸ばそうとすると、都さんは唇を離した。僕が動かずに待っていると、都さんは優しく唇を重ねてくれる。また興奮して舌を伸ばそうとすると、都さんの唇は離れてしまう。僕は目をつぶり、ただ待った。欲しがることなく、まるでペットのように。
僕をしつけたことに満足したのか、都さんは両手で僕の頬を包みキスをした。そしてゆっくりと舌を差し入れた。
都さんの舌が、僕の舌に絡まってくる。ザラザラとしているのに、全く嫌ではないゾクゾクとした快感が身体中を駆け巡る。柔らかくて暖かくで、唾液がまとわりついているそれを互いに貪り合う。徐々にキスは激しくなり、しばらくの間、僕も都さんもキスに没頭していた。
部屋の中をうごめいていた光が止まった。おそらく、映画が終わったのだろう。
すると、都さんが唇を離した。僕はふと、さみしい気持ちになる。映画が終わったからってキスは終わらないですよね、と。不安が胸に広がる。
「相性」
漢字の読み方を教える国語教師みたいに、唐突に都さんが言った。
「キスで相性がわかるのよ」
「は、はい」
「キスの相性が悪ければ、他のこともたいてい、相性が悪い」
他のことってセックスのことを言っているのだろうか。都さんの次の言葉を想像し、緊張感が高まってくる。
「キスの相性が良ければ、他のこともたいてい、相性が良いわ」
キスの相性でわかるということは、都さんはそれくらいたくさんの人とキスをしてきたということだろうか。そして、それくらいたくさんの人と「他のこと」をしてきたということだろうか。
僕はどうだったのだろう。相性が良いのか、それとも悪いのか。
「知りたい?」
都さんがいやらしく笑う。すっぴんにパジャマ、くまさんのようなフォルムをしている都さんが、だんだん壇蜜さんのような女性に見えてきた。
「な、何をですか?」
何を問いかけられているのかわかっているのに、またそう言ってしまう。
「何をって、わかっているでしょ?」
都さんは笑う。ああ、僕はもう蜘蛛の糸に絡まった羽虫のようだ。動けない。ただ身を委ねることしかできない。
「…はい。知りたいです」
「いい子」
都さんは僕の耳元に顔を寄せた。
そしてゆっくりと、艶のある声で囁いた。
「あなたとの相性は…」
心臓の鼓動が激しくなり、今すぐ理性を解放させたくなった。抑えつけているものが飛び出したがっている。耳に触れる都さんの吐息に、狂ってしまいそうだ。
「良いわよ」
胸をはちきらすほどの想いが爆発しそうになった。このドキドキの正体は一体なんなのだろうか。初めての体験だった。誰かに猛烈に恋に落ちた時に近いような感覚だった。
でも、僕は都さんに恋をしたわけではない。性欲を激しく刺激されているだけなのだ。それでこの気持ち。今すぐに裸になり、都さんを襲いたかった。胸にむしゃぶりつき、アソコを愛撫し、繋がりたかった。
しかし、そんな僕の欲望を見透かすように都さんの手が僕の胸に置かれた。まるで、襲っちゃダメよ、というように。
「もう一度、キスしましょうか」
完璧に制限してこないのがずるい。本当はキスによってわかった相性を他のことでも相性がいいのか確かめたいのだが、少しのご褒美を与えられたら飛びついて喜んでしまうではないか。
「はい」
僕は素直にそう言った。もう都さんと駆け引きすることなどできない。
「ふふ。あなたも相性が良いと思ってくれてるのかしらね」
都さんはまた僕の唇を奪った。重ねるというよりも、奪うというような激しいキスだった。口を開き、舌を絡ませてくる。はぁはぁを吐息を漏らしながら、互いを貪り合っていく。相性が良いとか悪いとか、僕にはわからなかった。
ただひとつ言えることは、都さんのキスは激しくていやらしいほどねっとりしていて、僕が今まで体験したことがないような大人のキスだったということだ。
キスだけで興奮が止まらなくなる。下半身を触られていないのに、僕のモノは膨張しまくっていた。もう、耐えられない。この先に行きたい。触って欲しい。都さんと体の方の相性も確かめたい。
無意識に手が都さんの胸に伸びた。しかし、それを見透かしたように、都さんは僕の手を抑えた。
「ダメですか?」
子供のような情けない声が漏れる。ああ、もうダメだ。僕はもう、都さんとセックスがしたくてしたくて仕方がなくなっている。
「都さんとシたいです」
心からのお願いだった。僕の心を占めている想いは、今はただそれだけだった。
「それはダメよ」
都さんが僕の目を見て言う。その声は、先ほどの僕を誘惑するときとは違って、ものすごく低く冷めた声だった。
「都さんとエッチがしたいです」
ダメと言われても、僕は止まることができなかった。この想いを止めることはできなかった。
僕をこういう風にしたのは、都さん、あなたではないか。
「都さんと本当にエッチがしたいです」
そう告げると、都さんは僕から少し離れた。え、と声が出た。寂しさがジワジワと広がっていく。
なんで離れるの都さん。ねぇ、なんで?
「寝ましょう」
都さんはただそれだけ言った。その声から感情を感じられず、先ほどまでキスをしていた口から発せられたものとは思えなかった。
「え、でも」
「寝ましょう」
都さんは立ち上がり、ベッドに移動した。僕も立ち上がって都さんについていく。
「ダメよ。一緒には寝られないわ。あなたはソファで寝て」
都さんが嫌がるようなことを言ってしまったのだろうか。僕は何か、重大なミスを犯したのだろうか。先ほどまでキスをしていたのに。
モヤモヤとした気持ちがあったが、それをうまく口にすることはできなかった。どうしようもできないので、僕は都さんに言われるがままにソファに寝た。ソファからは、ベッドに都さんがいるということがわかるだけで、顔は全く見えない。さっきまではくっつき合うほど、あんなに近づいていたのに。急に距離ができてしまって、寂しかった。
そのままソファで寝ようとしたが、無理だった。僕の体は都さんとのキスで高揚したままで、火照りが消えない。やっぱり、どうしても都さんと、シたい。
僕はゆっくりとソファから起き上がり、都さんの寝ているベッドに近づいた。都さんは布団にくるまって窓の方を向いていて、僕に気づいてないようだった。ベッドの脇に立つ。そして、ゆっくりと都さんに覆いかぶさり、布団をめくってキスをしようとした。その時だった。
「ダメよ」
都さんは起きていた。その声は鋭くて、僕の胸を突き刺すには十分な威力だった。
「すみません。やっぱり都さんと寝たくて」
「それはダメよ」
「じゃあ、何ならいいんですか…僕はもう都さんとシたくて仕方がないです」
情けないほどに「想い」が溢れた。その姿はさぞ滑稽だっただろう。年上のお姉さんにセックスを懇願するなんて、まるで女々しい童貞だ、男らしくない、と自分を嬲る。可愛げなんてどこにもない、ただ必死な奴だ。
都さんは体を起こし、ベッドから出た。そして携帯を手に取り、僕を無視するように横切り、スタスタと歩いていった。
その都さんの後ろ姿を、僕はただ眺めることしかできなかった。
バタン、と音が鳴る。その音が強く響き、部屋が振動する。
そして、その後すぐに静寂を迎え、「孤独」が僕を包んだ。
深夜、今日初めて会った男を自分の家に置き去り、都さんは外に出た。
状況が理解できず、しばらくの間、僕は動くことができなかった。続く――。
(文=隔たり)