「ユリコさん、大丈夫?」
「うん、平気、へいきぃ」
通りに出てユリコにコートを着せ、帰り道を聞く。
「家はどっちの方?」
「う〜んとぉ、目黒のほぉう」
「目黒だね。目黒駅まで行けばいいの?」
「うん、そぉ」
酔っ払って足元がおぼつかないユリコを抱えて、私は有楽町駅から山手線に乗った。土曜日の23時を過ぎた時間帯で、乗客はもう酔っ払いと帰宅を急ぐ人ばかりだった。取りあえず目黒駅まで連れて行って降ろそうと座席に座らせると、ユリコは私の方にもたれかかってきた。
「ユリコさん、大丈夫?」
「うぅうん、気持ち悪ぅいぃ〜」
参ったなぁ。酔っ払ったユリコをそのままにして行くわけにもいかず、ユリコを抱きかかえるように目黒駅で電車を降りた。
「ユリコさん、家はどっち?」
そう聞いても、ユリコは何も答えない。タクシーに乗せて帰そうと思ったが、家がわからなければそうもいかない。少し水を飲ませた方がよさそうだと思い、駅の近くで開いていた24時間営業のファミレスに連れて行った。土曜の深夜だったが客はほとんどいなかったので、テーブル席にユリコを座らせるとコーヒーを二つ注文した。
「ほら、ユリコさん。少しコーヒー飲んだら?」
「うーん」
呻きながらも、ユリコは少しコーヒーを口に含み、頭を振りながら目を覚まそうとしていた。
2、30分かけてグラスの水とコーヒーを交互に飲んでいるうちに、徐々に酔いが覚めたのか、しばらくするとユリコは目をパチパチさせながら私の顔を見た。
「えーっと、ここはどこ?」
「目黒のファミレスだよ」
「たけしさんが連れてきてくれたの?」
「そうだよ。覚えてない?」
「うーん、カラオケでモーニング娘。歌ってたところまでは覚えてるんだけど」
「ずいぶん飲まされていたみたいだったからねぇ」
「あの男性陣、ひどくない? もういらないって言ってるのに、無理やり飲ませるんだから」
そう言って怒り出した。その怒った顔も可愛らしい。
「そうだったんだ。それで酔っちゃったんだね」
「うーん、頭痛〜い」
「大丈夫?」
「うん、多分。いま何時?」
「あっ、もう0時過ぎだ」
やばい、もう終電には間に合わない。私の酔いもすっかりさめてしまった。ここからタクシーに乗ったら深夜料金で鎌倉まで3万はかかるだろう。
幸い今日は土曜日だ。もう帰るのは諦めて、このファミレスで始発を待つことに心を決めた。
「えっ、もうそんな時間? ごめんなさい、こんな遅くまで付き合わせちゃって」
「いいよ、いいよ。ユリコさんを置いて帰れないから」
「たけしさん、優しいね」
「そんなことないけど。家までちゃんと帰れる?」
「うん、大丈夫。ここからならタクシーでワンメーターくらいだから」
「よかった」
「たけしさんはどうするの?」
「うーん、終電なくなっちゃったから、ここで始発を待つよ。お店、空いてるし」
ユリコは目を丸くした。
「えーっ、うそぉ、ごめんなさい。あたしのせいだね。あたしが酔っ払っちゃったから、たけしさん、帰れなくなっちゃった」
「大丈夫だよ、そんなに心配しなくても。今日は土曜日で一晩だけだし、こういうの慣れてるから」
私は嘘をついた。
「えーっ、ダメだよぉ。あたしがいけなかったの。タクシー代を出すから、ちゃんとお家に帰った方がいいよ」
「いやぁ、うち遠いから。お金借りれないよ」
「いいよ、出すから。いくらくらい?」
「いやぁ、3万くらいかかるから、心配しないでいいよ」
それを聞くとユリコは黙りこんでしまった。結婚式のお祝いに3万円くらいは包んだろうし、三次会にも行ってそれなりにお金は使っている。3万出すなら都心で良いシティホテルにだって泊まれる。
「ごめんねぇ、ごめんなさい、あたしのせいで」
「ユリコさんのせいじゃないよ。ぼくが連れてくるって決めたんだから」
「でもぉ…」
「気にしないでいいよ」
「だってぇ…」
しばらくユリコは黙っていたが、顔を上げると真顔で私の両手を掴んだ。
「じゃあ、うちに来ない? そうしなよ」
「えっ、いいよ、そんなの。こんな夜中に女性の部屋に行くなんてダメだよ」
私は驚いてユリコを見返したが、ユリコは真面目な表情をしていた。
「どうして? あたしがいいって言ってるんだから。一人暮らしだし、たけしさんが泊まる場所ならあるよ」
「いやあ、一人暮らしなら、なおさらまずいんじゃない」
「なんで? たけしさん、あたしを襲うつもり?」
「いやぁ、そんなことはしないけど」
「なぁんだ。襲ってくれてもいいのにぃ」
「えっ?」
「なんでもない。あたしと一緒じゃイヤなの?」
「イヤなわけないじゃない。今まで一緒にいたのは、ユリコさんと過ごしたかったからだよ」
そう言うと、ユリコは頬を少し赤らめた。
「それって、あたしのこと気になってるってこと?」
「えっ、いやぁ、うん、まあぁ」
私はしどろもどろになってしまった。
「じゃあ、いいよね。行こう」
すっかり酔いも覚めたのかユリコは立ち上がって私の手をとると、店を出てさっさとタクシーを捕まえ、車の中に私を押し込んだ。