「あのう、ナナさんですか」
女性はちょっと驚いた表情でスマホから顔を上げ、私を見た。
つけまつげとマスカラで目元はぱっちりとして、しっかり化粧をしているので、かなり派手な雰囲気の美人だった。
「たけしさん? 早かったんですね」
ちょうど時間通りなんだけどなあと思ったが、これだけ美人だったら細かいことはいいやと少しテンションが上がった。
「よかったら食事にでもいきませんか?」
「そうですね。軽い感じだとありがたいです」
私を値踏みしている様子で、ずいぶんよそよそしい感じだ。
どうやら、途中で気が向かなかったら、さっさと帰りたいので、あまりちゃんとした食事はお断り、ということのようだ。
まあ、そんな感じでもいいかと、最初に予定していたレストランではなく、六本木ヒルズ近くにあるこじゃれたパブに連れて行った。
「わあ、いいお店ですね。初めて来た」
席に着くと、ナナは頭を下げた。
「昨日はごめんなさい。約束してたのに急に予定が入っちゃって」
「いいよ、こうして会えたんだから。昨日は残業だったんでしょ?」
「残業っていうか、急にお店のシフトが入っちゃって?」
「シフト?」
「ナナさんはお店に出る仕事だったの?」
「うーん、昼の仕事は事務職です。でもダブルワークしてるから」
「それって副業ってこと?」
「そうですね、昼の仕事が終わった後にお店に出てるんです。OLの給料って安いから、昼職だけだと暮らすのがキツくって」
「そっか、大変だね。お店って飲食店か何か?」
ナナは横を向いてなんて答えようか迷っていたが、やがて私に顔を寄せて小さな声で言った。
「キャバクラなんです。友達に紹介してもらって、いま体験入店中なんです」
「ああ、そうだったんだ。ナナさんは美人だから、きっとすぐに人気になるね」
「あたし、あまりお酒が飲めないの」
「そうなんだ」
OLだと思っていたが、副業でキャバクラ勤めもしているとは驚いた。ナナの年齢は30を過ぎていそうだったが、今どきは20代ではなくても雇ってくれるものなのだろう。私はわざわざキャバクラに行って女性を口説くことがなかったので、最近の状況がよくわからなかったが、これだけ美人だったら、きっと人気も出るだろうなと感じた。
食事をしているうちに徐々に打ち解けてくると、ナナは安い給料や、東京の生活費の高さの不平を言い始めた。話を聞いていると、特に自分で努力をしているわけではないようだったが、周りの友人や同僚はどんどん結婚したり、彼氏を作ったりしていい暮らしをしているのに、美人な自分の生活が苦しいのはおかしいと不満を感じているようだった。
話を聞いているうちに、ナナのモテない理由がなんだかわかるような気がしてきた。
職場にいるのは年上の既婚者ばかりで、出会いが全然ないという。だから出会い系サイトで出会いを求めているのかと思ったら、「出会い系サイトにいる男性はあまり信用できない」と、自分のことは棚にあげて言った。六本木や西麻布のバー、銀座のコリドー街のビストロなどに行けばすぐに声がかかると自慢をしてきたが、私に言わせれば、ただナンパされているだけなんじゃないかと思った。
詳しく話を聞いてると、声をかけられるたびに男についていって一夜を共にしているようだった。ただのヤリマンじゃないかと思ったが、それを指摘するのも大人気ないと思い、黙ってうなづいていた。
メニューから値段の高い料理ばかり勝手に注文したにもかかわらず、料理が出てくるのが遅いとナナは文句を言い始めた。不機嫌になると、美人なだけに表情がキツく見えて、せっかくのいい女が台無しだった。ナナは自分の性格の欠点に気がついていないのかもしれない。
しばらく話をするうちに私のテンションも下がってしまい、なんだか面倒くさくなってきてしまった。食事をすませたら、何か理由をつけてさっさと帰ろうと決めて、適当に相槌を打ちながら話を聞いていた。