2000年代 全肯定誘惑と暴走系
この頃からヒロインの数が増え、「ハーレム」という世界観が生まれ始める。それまでは本命の義母、当て馬の叔母というダブルヒロインだったのに、三人目のヒロインとして家庭教師のお姉さんなどが登場するようになった。『僕と三人の教育実習生 スウィートレッスン』(著・鏡龍樹)、『三つの熟女体験【人妻同窓会】』(著・如月蓮)など、ヒロインが三人であることを明示するタイトルも目につくようになってきた。
また物語のエンディングにも変化が現れた。80年代までは本命のA子、当て馬のB子から誘惑された末、最終的には主人公はA子を選んでいたわけだが、ハーレムモノでは、A子、B子、C子と関係を結んだあげく、そのままハーレムで幸せに暮らしました(もちろん女性は同意の上)――という結末になることが多い。
さらに『二つの初体験 熟義母と若叔母』でデビューした神瀬知巳の登場とともに誘惑小説はより甘く、優しく進化を遂げた。キーワードは「全肯定」である。以前であれば、息子が家に引きこもっていた場合、義母はなんとか息子を外の世界に連れ出そうと努力し、その手段として自らの肉体を提供したり、外の世界に出ることを決意した息子への「ご褒美」としてセックスを許した。
だが、全肯定スタイルでは、ヒロインは主人公のすべてを受け入れる。「引きこもっていいの。今のままの××ちゃんがママは大好き。(なんなら)ずっとママが養ってあげる」と提案し、さらに最高のセックスまで体験させてあげる。
引きこもっていても息子が大好き。いや、引きこもっているあなたが大好きという新たな価値観を提供した。この年上熟女による母性あふれる「全肯定」が、仕事や家庭で疲れた中高年男性にどれだけ癒しを与えただろう。
結果的に、ヒロインである熟女は経済的に自立している女性が多かった。ようはバリバリ働いている「稼げる女」である。男は女に養ってもらうという新しい未来が官能小説によって提示された。
一方で、凌辱系では「暴走系」が新たなムーブメントを起こした。悪魔のような少年が年上の女性を徹底的に凌辱し尽くす。暴走し始めたら手がつけられないことから、エヴァン〇リオンの主人公になぞらえ、編集部内で”暴走系”と呼ばれるようになった。代表的な作品は『女教師姉妹』(著・藤崎玲)、『年上の美囚 継母と若叔母』(著・麻実克人)、『若妻と誘拐犯 密室の 43 日間』(著・夏月燐)などである。とにかく濡れ場への持ち込み方が、暴力的なまでに早い。開始から数ページで、悪魔少年は「ママを僕の専用奴隷にしてやるよ」と宣言。手段を選ばず、力ずくでモノにする。
がっつりとした濃厚な濡れ場が見たい、という読者の欲求に応える作風だった。物語の流れは、本格凌辱を「起承転結」だとすれば、暴走系は「起濡濡濡」という感じになることが多かった。
暴走系が勢いを増す一方で、複数の凌辱者が一人の女性を凌辱する作品は減っていった。ようは男性たちが女性を「シェア」する作品が減り、一人の凌辱者が複数の女性を独り占めするハーレム展開が好まれようになる。
2010年代 甘く、より激しく
2010年代の誘惑小説は『僕とメイド母娘 ご奉仕します』(著・青橋由高)から始まった。若者向けライトノベルの人気作家が、メイドという新しい属性を武器に、中高年向けの官能小説に参入してきた。作品は大ヒットし、これを機にラノベ系の作家が続々とフランス書院文庫で執筆を始める。
ただ、2010年代は基本的に2000年代に生まれた流れを引き継ぐ形だったと言えるだろう。全肯定の誘惑系はより甘く、優しくなった。ハーレムの形も進化し、『夢の一夫多妻』(著・上原稜)のように、架空や未来の日本を舞台にした作品も増えてきた。
ハーレムものも進化。『四人の熟未亡人と僕【旅行中】』(著・小鳥遊葵)のように、ヒロインの数が3人から4人へと増え、さらに旅行中の出来事を描くなど、家以外の設定で濡れ場を描く作品が増えた。
凌辱系では暴走系の表現手段が進化した。『【若妻・麗と熟妻・美冬】隣家の悪魔に調教されつづけて』(著・天海佑人)では、悪魔少年に調教されるヒロイン側の視点から描かれている。また『母娘の檻 陽子、あゆみ、舞…全員が牝になった』(著・藤崎玲 原作・四畳半書房)のように、漫画のコミカライズなど、他ジャンルとのコラボレーションも進み、若い読者を官能小説に呼び込むきっかけになった。
2020年代 官能小説はどこへいくのか?
そして現在、フランス書院文庫は創刊から35周年目を迎える。次はどのような新しい潮流が生まれるのだろうか?
ネットではすでに人気を博している”寝取られ”かもしれない。あるいは”時代官能”かもしれない。戦隊ヒロインなどの新しいヒロイン属性かもしれない。
個人的には、全肯定の誘惑系ハーレムと暴走系という二つの大きな流れを軸に、よりジャンルの細分化が進んでいく気がしている。この35年間、何かのトレンドを編集部が作り出してきたわけではない。著者たちの旺盛なイマジネーション、そして読者の熱烈な支持によって自然発生的にジャンルが生まれてきた。この場を借りて、御礼を申し上げたい。
これからも我々は著者、そして読者のみなさんとともに、新しい官能の歴史を切り開いていきたい。
なんと心強いことよ! 編集部の皆さんの官能小説の灯を守り続けようという熱い気持ちに、筆者の年齢とともに薄れつつあったエロさへの興味が再び燃え上がってきた。エロは、時代を反映すると言われている。これからの官能小説にどんな新しい潮流が登場するのだろうか。まずは、あなたの住む町のエロワングランプリフェアで、その地域の根底に流れているエロへの興味を確認してみてはいかがだろうか。それは、意外な結果かもしれないし、納得のそれかもしれない。
(取材・文=湯本精一)