セックス体験談|セフレと恋人の境目<第2夜>

隔たりセックスコラム「セフレと恋人の境目<第2夜>」

隔たり…「メンズサイゾーエロ体験談」の人気投稿者。マッチングアプリ等を利用した本気の恋愛体験を通して、男と女の性と愛について深くえぐりながら自らも傷ついていく姿をさらけ出す。現在、メンズサイゾーにセックスコラムを寄稿中。ペンネーム「隔たり」は敬愛するMr.Childrenのナンバーより。

 

セックス体験談|セフレと恋人の境目<第2夜>の画像1
※イメージ画像:Getty Imagesより

『セフレと恋人の境目 〜第1夜〜』

 セックスした次の日の目覚めは早い。それは興奮の名残によって眠りが浅くなるからだ。七海と触れ合った感触がまだ、身体の至るところに残っている。

 ひとつの布団にくるまった僕と七海。その中で向き合っている裸の僕らは、まるで母親のお腹の中にいる双子の赤子のようだ。肌に直接触れる布団が冷たい。セックスの翌朝はいつも、夢の中にいるような不思議な気持ちになる。

 他人の部屋、他人のベッド。昨日まではこの部屋にいることなんて想像していなかった。頭の中で想像したものよりも不思議な世界を現実は見せる。自分の想像力なんていつもちっぽけなものだ。

 七海を起こさぬようにそっと布団から抜け出し、携帯で時間を確認する。朝の4時。部屋は夜中とはまた違った、灰色の暗さに包まれている。

 働いてない僕には今日、予定がない。七海の方は確か、仕事だったはずだ。

 トイレで用を足し、手を洗って部屋に戻る。七海は寝息を立てながらスヤスヤと寝ている。もう一度横になろうかと布団をめくると、力の抜け切った無防備な裸体が目に入った。胸は重力に素直に従い、だらんと下に垂れている。僕はそれを、子供が初めてのものを見た時のような純粋な好奇心で何気なく触る。

 

 昨日、アプリでマッチングし、料理が趣味という流れから、七海の家でご飯を食べることになった。そして、「明日も食べて欲しい」と言われ、そのまま家に泊まることになり、セックスをした。


「私のベッドで寝ていいからね」


 ご飯を食べ終わった後、どうやってベッドで一緒に寝ようかと考えている時、七海は僕の思いを見透かしたようにそう言った。その言葉は、セックスしてもいいという覚悟にも聞こえたし、ただの優しさとも捉えることができた。

 僕は「七海はどこで寝るの?」という言葉を飲み込み、


「ありがとう」


 とだけ言ってシャワーを浴びた。そして僕が出ると入れ替わりに七海が入り、僕は言われた通りにベッドに寝て七海を待った。

 七海の入浴時間は長かった。僕とのセックスを想像しながら体を洗っているのだろうか。泊まることが確定し、ベッドに寝転がっている今、どんな状況もセックスできるという確信に繋がってしまう。

 七海は浴室から出ると、髪を乾かしたりなどのルーティンを終え、その流れで僕の隣に潜り込んだ。


「一緒に寝るの?」

「うん」

「手を出しちゃうかもしれないよ」

「出しちゃうの?」


 七海は布団で口元を覆った。丸くて黒い瞳で真っ直ぐ僕を見つめる。


「とりあえず、電気消そうか」


 僕がそう言うと、七海はリモコンを手に取り照明を消した。部屋は真っ暗になった。


「七海」


 名前を呼ぶと、七海は再び子供のような純粋な瞳で僕を見た。暗い部屋に浮かぶ黒い瞳。何を思っているか読み取れない真っ直ぐな眼差しに、僕は吸い込まれそうになった。


「目をつぶって」


 七海は何秒か僕の目をじっと見つめたあと、ゆっくりと瞼を閉じた。僕は七海の頬に手を当てて、そっと唇を重ねた。七海は驚くこともなく、しっかりと僕の唇を受け止めた。


「手、出しちゃった」

「そうだね」

「いいの?」

「…わからない」


 僕はキスをしながら、パジャマの上から胸を触る。

 すると、七海も服の上から僕の股間を優しく撫で始めた。上に下にとモノの膨らみをなぞるように、優しく。


「触ってくれるの?」

「わからない」

「わからないって言いながら、触ってる」

「そうだね」


 僕はパジャマの下に手を入れて、ブラをずらし、七海の胸を直接触った。その動きを真似するように、七海もパンツの中に手を入れて、直接僕のモノを触った。


「七海」

「ん?」

「…」

「どうしたの?」

「…する?」

「…」

「ごめん、したい」

「…ダメって言ったら?」

「へこむ」

「そっか」

「うん。だから、しよう」

「…いいよ」


 優しいんだね、と僕は七海を抱きしめた。

 そして、そのまま僕らは裸になり、互いの性器を丁寧に愛撫し合った。

 マッチングアプリのプロフィール欄に「ヤリモクお断り」と書いていた七海。そうやって、すぐに抱かれまいと予防線を張っていたはずなのに、七海は今日出会ったばかりの僕とのセックスを受け入れた。

 互いの肌の重なり合いを味わうような、優しいセックスだった。

 

「…触ってる」

「あ、ごめん。起きてた?」

「触られたから、起きた」


 七海は僕の手を優しくどかし、体を起こした。薄暗い中に浮かぶ七海の裸体。垂れている胸が上下にいやらしく揺れていた昨日のセックスを思い出す。


「昨日のこと、覚えてる?」

「覚えてるよ」

「…どうだった?」


 僕の目には七海もセックスを楽しんでくれているように見えた。けれども、七海はプロフィール欄に「ヤリモクは本当に無理」と書いている。七海にとって、けっきょく僕は「ヤリモク」だったのだろうか。七海がどう思ったのかが気になり、思わず聞いてしまった。


「どうだったって…なんでそんなこと聞くの?」


 だってプロフィール欄に…と言いかけたところで口を塞ぐ。もし、七海から「ヤリモクだったの?」と聞かれた場合の返答が用意できていない。


「その…七海が喜んでくれたのか、気になってしまって」

「そうだったんだ。嬉しかったよ。優しくしてくれた」


 寝起きだから、七海はまだ眠そうな顔をしている。目が全く開いてなくて、なんだか愛おしく思えた。


「俺も嬉しかったんだ。なんか、すごく穏やかなセックスだったなって」


 性器を愛撫するときの七海の手つきはとても優しかった。簡単に壊れてしまいそうな骨董品を扱うかのように、丁寧に触ってくれた。

 そして、力の抜けた舌で舐め、口に含み、とろけるようなゆったりとしたスピードでしゃぶってくれた。まるでマッサージのような優しいフェラに、僕は寝てしまいそうなほど心地よくなった。


「穏やかなセックス…そうだね。隔たり、ちょっと寝そうになってたもんね」

「あ、バレてたんだ…」


 僕が頭に手を当てておどけて見せると、七海はフフフと開いてない目をさらに細めて笑った。

 今は七海の方が寝そうじゃんかーと僕は七海に抱きつき、そのままベッドに押し倒してキスをした。だって起きたばっかだからしょうがないじゃんと、七海はゆったりとした甘い声でつぶやき、僕の首に手をまわしてくる。


「ねぇ七海、もう1回する?」


 そう言って僕は再びキスをした。


「え、今から?」


 眠たそうな目を大きく開けて、七海が笑う。


「うん。今から」

「んーいいんだけど、もうすぐ仕事の支度しなきゃだから」

「そっか。仕事早いんだね。ごめんね、聞いちゃって」

「全然大丈夫。求めてもらえるのって嬉しいし。そしたら…」


 七海は首に回していた手をほどき、右手を僕の股間に移動させた。


「最後までじゃなくてもいいなら」


 七海はモノを優しくしごき始めた。モノは徐々に硬くなっていく。


「最後までじゃないって、どこまで?」

「…私が気持ちよくする」


 七海は5本の指を滑らかに動かしながらモノを包む。


「いや、そしたら、俺が七海のことを気持ちよくするよ」


 僕はモノを包んでいる七海の手に、自分の手を重ねた。

 自分だけ気持ちよくなってしまうのは申し訳ない。気持ちよくなるのなら一緒がいいし、もし片方だけを選ぶのなら女性の方に気持ちよくなってもらいたいと、これまでのセックスで培われた価値観が僕の中にある。だから、その価値観に従うとすれば、挿入をしないのなら僕が七海を愛撫したい。

 しかし、七海は「ううん」と首を横に振った。

 

「あのね、引かないで欲しいんだけど、私が舐めたいの。なんだかそういう気分で」


 七海はいつもの照れ笑いを浮かべた。頬をほんのりピンク色にするような笑い方。僕は七海のこの笑い方が好きだなと思った。


「そしたら、お願いしようかな」


 僕が女性に気持ちよくなってもらいたいと考えるのは、女性に喜んで欲しいからだ。つまり、七海が舐めることで喜びを感じると言うのなら、フェラをお願いすることは僕の価値観から外れていない。

 僕はベッドの端に座って足を開き、七海はその間にちょこんと正座をするように座った。そして両手で愛おしそうにモノを持ち、裏筋にねっとりを舌を這わせた。舌を出すために大きく口を開けた七海の表情は、大好物を前にして目をキラキラ輝かせている子供のようにも見えた。


「あ…」


 卑猥な吐息を漏らしながら、七海はモノを舐める。裏筋だけでなく、全体を隙間なく舐め上げたあと、大きく口を開けて根元まで咥えこんだ。


「ん…」


 根元まで咥えたのを固定したまま、七海は舌を動かす。何度も「ん」という声を出しながら、赴くままにモノを堪能していた。


「んあ」


 七海が口を離すと、舌とモノの間に卑猥な白い唾液がだらっと伸びた。その唾液を吸うと同時に、七海は再びモノを激しく吸い始める。上下に吸いながら、口の中では舌を上手に動かし、まとわりつくように刺激してくる。強さと角度を変えながら、その動きを何度も繰り返した。

 昨日の穏やかで優しいフェラの面影なんてない。想像だにしていなかったテクニックに、僕の中にある精が全て吸い取られてしまいそうな気分になった。


「ちょっとやばい! 待って!」


 激しくモノをしゃぶられ、モノは暴発寸前だった。あまりの快感に、僕は七海の肩に手を当てて、モノから口を離させた。


「あ、ごめん。痛かった?」

「痛いとかじゃないよ。もうやばすぎてやばすぎて…」


 今まで体験したことのないようなフェラだった。もう挿入したくてしたくて仕方がない。


「気持ちよすぎるよ。挿れたくなる」


 七海は自分の携帯を手に取り、時間を確認した。


「やばい、もうこんな時間…。私も挿れて欲しくなっちゃってるけど、仕事に遅刻しちゃう」


 そう言いながらも、七海は両手で優しくモノを包む。そして上目遣いで僕の方を見た。朝が訪れ、カーテン越しに淡い光が差し込み、七海の顔をほんのり照らしていた。少し水分を纏わらせたような瞳はうるうると光っている。


「どうしよう…」


 モノを触りながら上目遣いで僕を見つめる裸の七海。エロい要素しかないその姿で言われてしまったら、僕だってどうしたらいいのか分からなくなってしまう。


「もっと舐めて欲しいし、もちろん挿れたいけど…」


 自分の性欲に素直になるのなら、七海の遅刻なんて気にせずセックスをしたい。反対に、七海の生活のことを慮るのであれば、セックスを我慢するべきだろう。

 自分の性欲か、七海の生活か。どちらかひとつしか選べないという状況。僕はどうすればいいのだろうか。僕と七海の関係性を問いかけられている気分になった。

 今、目の前にあるのはふたつの道だ。ひとつは自分の欲望を優先する道。もうひとつは、自分の欲望を抑え、七海の生活を優先するという道。

 今自分の欲望を優先すれば、今後も僕は七海との日々において、自分の欲望を優先してしまう可能性がある。そうすると、短期的な関係になってしまう可能性が高いのではないか。

 つまり、今後も七海と長期的な関係を築きたいのなら、今は我慢すべきだろう。そうすれば長期的にセックスできる関係になることができるかもしれない。

 短期的か長期的か。その二つの道を比べて、僕は言った。


「そしたら、続きは夜にしよう。ね?」


 僕は七海との長期的な関係を選んだ。七海とたくさんセックスをしてみたい。


「そうだよね…。わかった。じゃあ私、急いで支度するね!」


 七海はモノの先端に軽く口づけをし、昨日の夜から散らばったままの下着を身につけ始める。

 うっすらとした光の中にいる女性の裸体ってなんてエロいのだろうか。ひとつ、ひとつと、衣服を纏う七海を、僕は唾液で濡れた性器をだらしなく垂れさせながら眺めていた。


「そういえば…隔たりは今日どうするの? 仕事は大丈夫?」


 ふと思い出しかのように、七海が後ろ向きに問いかけてきた。何気ないその問いかけにびっくりした僕は、とりあえず「うん、大丈夫」と口にした。


「でも、隔たりが働いている業界はさ、休日休みじゃなかった?」


 今日は平日。僕が会社を辞めずに働いていれば、当然今日は仕事がある日だ。しかし今、僕は働いていない。七海にはそのことを伝えていない。


「あれ。そういえばその業界で働いてるって俺言ったっけ?」

「プロフィール見たの。自己紹介のところに書いてあるやつを見た」


 迂闊だった。確かに僕はプロフィール欄の職業を、辞めた会社の職業に設定したままだった。それは働いてない、とするよりも、働いていた方が女性に安心してもらえると思ったからだ。そして、僕が働いていた会社の業界は一般的に一種のステータスとされるところだった。


「あ、そうだよね。いま、大きなプロジェクトが終わって、休みをもらってたところなんだ。休日出勤とかしてたから、それの消化のため」


 都合のいい嘘が反射的にスラスラと出てくる。大きなプロジェクトなんてやったことがないし、休日出勤もしたことがない。さらに、辞めた会社にはそういう文化はない。

 大きなプロジェクトって何したの、とか、仕事のことを聞かれたら終わりだ。だが、そのリスクを考える前に、今を逃れるためだけに、つい口がすべる。


「そうなんだ。なんか、すごいね」


 七海は一瞬不思議そうな顔をしたが、そのあとは特に気にせず支度を続けていた。

 とりあえずなんとか大丈夫そうだ。僕はホッと胸をなでおろす。


「そしたら今日は予定ない? どうしよう、私もうすぐ出ちゃうんだけど…」


 気付けば、七海は支度を終えていた。その表情から察するに、「このまま家にいるの?」とでも言いたそうだ。

 

「あ、ごめん。七海のフェラ思い出してて何もしてなかった」

「もう、なにそれ」

「ごめん。いますぐに着替えるから待っててね」


 七海は初めて会った僕とセックスをしたが、さすがに家に僕を置いておくことは不安だったのだろう。受け入れられているのか警戒されているのか曖昧なところだが、これは人として一般的な感覚だなと思った。

 急いで服を着て、出る支度を整える。準備が終わると軽く口づけを交わし、一緒に部屋を出た。

 エレベーターを待っていると、七海が周りが気になるのか、ソワソワするような仕草を見せた。もしかしたらこの階に知り合いがいて、僕と2人でいるところを見られたくないのだろうか。


「七海、どうしたの?」

「あ、ごめん」

「なんかソワソワしてたから」

「うん。言ってなかったんだけど、実はここって会社の寮なんだよね。この階と下の階だけなんだけど…」

「そっか。そしたら会社の人に見られると色々面倒だよね」

「それもあるし、ここはね女子寮なんだ。だから、男子は入っちゃダメで…」

「マジで!?」

「うん。昨日は言うタイミングなかったの」


 七海は申し訳なさそうに言いながら、再び周りをキョロキョロし始めた。こういう時に限ってエレベーターはなかなか来ない。七海の行動につられ、僕も不安になってしまう。


「そしたら俺、階段で降りるよ」

「えっ」

「そしたら誰にも見られないでしょ?」

「ごめん…ありがとう」

「エレベーター降りたらさ、そのまま会社向かっていいよ。遅刻すると悪いしね」

「うん、そうする。ありがとう」


 七海が申し訳なさそうな表情を浮かべる。やっぱり優しい子なんだなと思った。


「じゃあ行くね」


 僕は七海の頭をポンポンと叩き、小走りでフロアの端にある階段へと向かう。

 すると、七海が僕の背後から少し大きな声で言った。


「今日の夜も…ご飯作るから! だから…一緒に食べようね!」


 僕は七海の方を振り返り、「シー」っと人差し指を口に当てた。それを見た七海は「あっ」というふうに両手で口を押さえて照れ笑いを浮かべた。

 どんな笑い顔も照れ笑いのように見えてしまう。それってとんでもない武器だよな。

 僕は手を振って、階段の扉を開ける。今日も七海に会えるのだ。

 七海の「一緒に食べようね!」と言う言葉が、頭の中で「一緒にセックスしようね!」に変換され、僕は思わずニヤついてしまう。七海がそういうつもりで言ったのかもしれないと想像すると嬉しくなり、気付けば軽やかなステップを踏みながら階段を降りていた。

 目の前に現れた二つの道。僕は七海と長期的な関係になることを選択した。

 そしてこの選択の中には「恋人になる」という未来の可能性が潜んでいる。もしかしたら、その選択肢があるから、僕はこの道を選んだのかもしれない。

 会社を辞めて何カ月もたったが、こんなに夜が待ち遠しい朝は久々だった。

 帰る場所が複数あるというのは心を安心させる。どんなに辛い日でも、帰る場所が複数あれば、その中のどれかひとつぐらいは自分の癒しの場所になってくれるからだ。

 同居人に「今日も帰らない」とだけ連絡を入れ、七海の家へ向かう。美味しいご飯が食べれること、そしてセックスができること。七海の家に行けば、この二つが満たされることが確約されているから、意識していなくても心が踊ってしまう。

 マンションに着くと、部屋番号を入力し、七海を呼び出す。


「今開けるね」


 オートロックが開き、中へ進む。そしてボタンを押して、エレベーターに乗り、七海の住んでいる階のボタンを押す。

 七海の階は会社の女子寮になっていると言っていた。もしこのエレベーターを降りた瞬間に、七海の知り合いがいたらと考えると、わずかだが鼓動が激しくなる。その階には女子しか住んでいないので、男性が来ることはない。もし見つかってしまったら「誰が男を部屋に呼んだのか」と、女子の中で話題になってしまうだろう。

 その場合、僕はどうすれば良いのだろうか。ばったり出くわしたら「彼氏です」と言った方がいいのだろうか。

 もし会ってしまったら彼氏を装えばいいという気持ちと、セフレの可能性もあるからバレたくないという気持ちが交差する。僕はどう答えれば良いのか決まっていない。僕は何を望んでいるかわからないが、親子丼を食べたいのと、七海とセックスしたいという気持ちだけは明確に存在している。

 そんな不安定な気持ちの僕をよそに、エレベーターは一定のスピードで上昇して行く。もし女の子がいたらなんと言おうか。その回答が決まらないまま、七海の住む階にたどり着いた。


ほっ


 エレベーターの扉が開いても、そこには誰もいなかった。余計な心配をしてしまったと胸をなでおろす。心配した通りに物事は進まないものなんだなと、ぼんやり思う。

 七海の部屋はエレベーターから降りて、斜め右前にあった。フロアの左奥には、今日の朝、僕が降りた階段がある。階段の目の前の部屋から数えて7つ目、右奥の部屋から数えて4つ目に七海の部屋はあった。少なくとも、この階には七海を除いて9人の女性がいる。

 もし七海の彼氏になったら、他の人たちとも仲良くなれるのだろうか?


「あ、いらっしゃい」


 インターホンを押すと、すぐに七海が扉を開き僕を迎えた。黒のスウェットに首元が緩やかな白のシンプルなTシャツ。七海はもうすでに寝る時の格好をしていた。


「あれ、もうパジャマ姿なんだ」

「うん。仕事終わってスッキリしたくて、先に入っちゃった」


 部屋に入ると、思わずよだれが垂れてしまいそうな、欲望を刺激する匂いがした。キッチンに目をやると、そこにはすでに親子丼の具が出来上がっていた。


「親子丼できてるじゃん」

「うん。帰ってきてすぐ作ったの」

「ほんとに? なんかありがとう」

「うん。ほら、昨日失敗しちゃったから…。早く作ったら失敗してもすぐに作りなおせると思って」

「なるほどね。でも失敗って言ってたけど、昨日のもめちゃくちゃ美味かったよ」

「えー嬉しい」

「じゃあ今日のは思い通りにできたの?」

「うん、できた!」


 もし七海が彼女だったら、いつもこんな笑顔を見せながら料理を作ってくれるのだろうか。その笑顔は、キッチンの電球に照らされて光った卵の黄色よりも輝いて見えた。


「じゃあ、持ってくるから待っててね」


 僕がテーブルの前に座ると、七海はすぐさまお茶を出し、ルンルンと軽やかなステップを踏むようにキッチンへと戻った。その後ろ姿を見て、今日もエプロン姿を見たかったな、とわがままに思う。

 

「はい、お持たせ」


 出された親子丼は、心なしか昨日よりも輝いて見えた。調味料で見た目が変化するものなのだろうか。

 調味料以外に昨日と今日で変わったことといえば、僕らがセックスをしたということだ。それが隠し味になっているのかなと、心の中で勝手に妄想する。


「めっちゃうまそう! いただきます!」


 僕は親子丼をスプーンですくい、口の中へと運ぶ。タレの染み込んだ鶏肉、ふわふわの卵にしっかりしたお米と、今日のも抜群に美味しかった。何を間違えたのかという、昨日との違いはわからないけれど。


「めちゃくちゃうまいよ! さすがとしか言えない! まじでこれはうまい!」

「そんなに? なんか照れちゃう。たくさん作ったから、今日はお代わりあるよ」


 七海もそう言って、自分の前にある親子丼を口へ運ぶ。


「うん。自分で言うのもあれだけど、よくできたと思う!」


 僕らはそこから無言で親子丼を食べ続けた。あっという間に丼は空になり、僕はお代わりをした。

 2杯目の親子丼を食べながら、僕は七海の家に来るときに思ったことを聞いてみた。


「そういえばさ、この階は七海の会社の女子寮って言ってたでしょ? 七海はみんなのことを知ってるの?」

「うーんと、一応みんな顔は知ってるかな。でも違う場所で働いてる人もいるから、全然絡みのない人もいる」

「そうなんだ。仲良い子とかはいるの?」

「うん、いるよ! 1人だけだけどね。階段に一番近い部屋に住んでる。たまに一緒にご飯食べたり、寂しいときはお互いの部屋を行き来したりするんだ」


 すると、七海は急にベッドが置いてある方の壁を指差した。


「あと、この隣に住んでいる人。仲良いとかではないかもしれないんだけど、職場でよく一緒になる子が住んでる」


 昨日、七海はこの部屋に初めて男を入れたと言っていた。つまり、この部屋で、このベッドで初めてセックスをしたということだろう。

 この部屋の壁が厚いのか薄いのか、僕は知らない。


「そうなんだ。ありがとう教えてくれて」


 僕は再びスプーンを手に取り、親子丼を食べ始める。七海も僕に合わすように、スプーンで親子丼をすくった。

 僕は思わず、七海の持っていたスプーンの先端に目を向ける。半熟の卵の白身がドロリとスプーンから垂れていた。七海はその垂れたものも一緒に口へと運ぶ。

 ドロリとした白身をこぼさず口に運んだ七海。今日の朝「舐めるの好きなんだ」と言った七海。


「うん、美味しい」


 七海の口元は油で少し光っている。それを七海がペロリと舌を出して舐めた時、僕の体に稲妻が落ちたような衝撃が走った。体全身に何かが湧き上がる。

 その口で、その舌で、早く舐めて欲しい。

 僕が見ているのに気づいたのか、七海がこちらを振り向いた。

 

「え、なんで見てるの? 私の口、何かついてる?」


 七海は再び自分の唇をペロリと舐めた。その何気無い舌使いがいやらしい。昨日の夜と、今日の朝、僕のモノを舐めた赤とピンクの混じった柔らかな舌。


「ううん。何もついていないよ」


 食べたい。


「えっ、んっ」


 僕はスプーンを持った七海の手を抑え、唇を奪う。油でテカった僕らの唇は、滑らかに重なり合った。


「ちょっ」


 僕は七海の上唇を挟む。七海を食べたい。親子丼も食べたかったけど、やっぱり七海を食べたい。


「食べたい」


 無意識にそう、口からこぼれていた。


「あ、でも親子丼はこれでさい…」

「七海を、食べたい」


 僕は再び七海にキスをして、そのまま押し倒した。食べるように唇を貪ると、七海もハムハムするようにそれに応える。


「もっと」


 僕はそう言って、舌を七海の口の中へ差し入れた。


「ちょっと待って。食べたばかりだから、それはちょっと」

「わかってる。ごめん、なんか抑えられない」


 舌を七海の舌と重ねると、親子丼の味がほんのりした。さらに舌をかき回すと、口の中に残っていた食べカスに触れる。

 咀嚼してぐちゃぐちゃになった食べ物。欲望でぐちゃぐちゃになった理性。生きるということを貪るように、僕らは深い口づけを交わした。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 まさに食べるようなキスだった。


「ごめん、七海。なんか興奮しちゃって」

「大丈夫。でもびっくりした。まさか食べてる最中に舌を入れられるとは思わなかった」

「俺も食事中の人の口に舌を入れるとは思わなかった」


 じゃあ何でしたのーと七海は笑う。自分でもやりすぎたかなと反省したが、七海が笑ってくれたことでホッとした。


「そしたら俺、皿洗ってシャワー浴びるね」


 僕は自分の食べた食器を持ち、キッチンへ向かう。「私が洗うからいいよ」と七海が言ったが、「親子丼作ってくれたお礼だよ」と言って制した。

 もし仮に付き合ったとしたら、そして一緒に住むことがあったとしたら、家事の負担は程よく分担した方がいいだろう。そんな七海と長期的な関係になりたいという想いが、また少し顔を出した。

 食器を洗ったあと、僕はシャワーを浴びた。昨日より丁寧にモノを洗い、体を拭いて部屋に戻る。七海はちょこんとリビングに座ってテレビを見ていた。


「あ、おかえり」


 何気ない日常。会話をして、家で一緒に食事をして、テレビを見る。誰かと日々を過ごす時の、何気ない日常。

 この日常を僕は欲しいのだろうか。それともこの日常は、セックスを得るための手段に過ぎないのか。

 僕と入れ替わりに七海が風呂に入る。昨日と同じように、七海の入浴時間は長かった。

 僕は下着一枚でベッドに入り、七海の裸体を思い出す。下着の中で隆起したモノを撫でながら、想像の中で七海の体を上から下へとなぞってみる。

 顎のラインから首筋、鎖骨の凹みを超え、胸で滑らかに盛り上がる。その先端に丸いものが付いていて、そこを緩やかに降りるとうっすらと浮かび上がった腹筋。その中心にはちょこんと凹んだ可愛いおへそ。

 おへそを軸にした真ん中のラインを崩さずに、ゆっくりゆっくり下へとくだる。たどり着くのは女性の麗らかさとは程遠い姿をした性器。体の中で唯一と言っていいほど女性の清廉さからかけ離れた部分が、一番卑猥なのが面白い。七海は今、その体を丁寧に洗っているのだろう。

 僕らは昨日の夜、初めて会って、その流れのままセックスをした。そしておそらく今日も、セックスをするだろう。

 お互いのことをよく知らないが、お互いの裸は見せ合っている。一番見せることのない部分が結合して、何かしらのつながりを感じている。

 今日もセックスをして、明日も七海の家に行って、そしてセックスをして。そんな風に繰り返される日常がもう目の前にあるような気がした。

 七海と会ってセックスを繰り返す日常を過ごしたいという思いと同時に、体だけで繋がってしまった関係は長くは続かないよな、と心の中で思う。でも七海を、可愛い女の子を、目の前で抱けるという状況がある中で、それを我慢をするのはなかなか難しい。

 いつも、目の前の欲求を優先してしまう。我慢して得られる喜びよりも、目の前の瞬間的な快感を優先してしまう。

 僕は七海と都合のいいセフレという関係になりたいのか。その関係を長期的に続けたいのだろうか。

 それとも長く一緒にいたいから、恋人という関係を考えているのだろうか。

 何もやることのなかった今日一日、ずっと考えていたけれど、答えはまだ見つからない。

 だから、こうやってなし崩し的に、僕は七海と今日もセックスをしてしまう。


「あ、もう寝てるの?」


 風呂から上がってきた七海は、ベッドで布団をかぶってる僕を見て微笑んだ。


「うん、七海がいなくて暇だったからさ」


 七海は「ちょっと待っててね」と髪を乾かし、そして、当たり前のように僕の横に潜り込んできた。


「んー。落ち着く」


 寒さから逃れるように身を縮こめせながら、七海は僕の腕に寄り添ってきた。

 ベッドに入ってから、セックスを匂わせるような言葉は交わさない。「セックスをするの?」という確認もない。昨日僕らはセックスをした。そして今日も同じ布団に入っている、というこの状況。

 これでセックスをしないという方が酷だ。本来なら嬉しい状況のはずなのに、僕は七海に触れることができずにいた。自分自身が下着一枚で、やる気満々で待っていたというのに。

 

「あれ、上着てないの?」


 七海が僕の胸板を触り、驚いたように目を大きく開いた。


「うん。下も履いてない」


 素直になろう。曖昧な関係だろうが、割り切ったセフレだろうが、これから付き合う恋人候補だろうが、もうどうでもいい。目の前にセックスできるという選択肢があるのならば、それを素直に受け取るだけだ。

 すると、七海が確認するために、手を僕の下半身に移動させた。


「ほんとだ。履いてない」


 うっすらと硬くなったモノに七海の手が添えられる。

 そして少し時間を置いた後、七海の唇が頬に触れた。

 その唇は僕の頬をなぞり、今か今かと待ち望み、無意識に神経の全てを集中させていた僕の唇に、ねっとりと重なった。

※続きはコチラ↓

 挿入よりもキスが好きだ。キスをしていると、もう挿入なんてしなくていいと思ってしまう。なんなら、たくさんキスをしたいという理由で、セックスがしたいとさえ思うこともある。

(文=隔たり)

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