セックス体験談|セフレと恋人の境目<第1夜>

隔たりセックスコラム「セフレと恋人の境目<第1夜>」

隔たり…「メンズサイゾーエロ体験談」の人気投稿者。マッチングアプリ等を利用した本気の恋愛体験を通して、男と女の性と愛について深くえぐりながら自らも傷ついていく姿をさらけ出す。現在、メンズサイゾーにセックスコラムを寄稿中。ペンネーム「隔たり」は敬愛するMr.Childrenのナンバーより。


セックス体験談|セフレと恋人の境目<第1夜>の画像1
※イメージ画像:Getty Imagesより

 暖かさを感じるのは、寒さを知っているからだ。

 裸でベッドに寝転がっていると、肌に触れている部分が冷たく感じる。ベッドには体温がない。

 人の肌は、人の肌に触れた時だけ、暖かみを感じる。

 そして肌の奥にある、人の内側に触れると、そこは火傷しそうなほど熱い。

 今、下半身だけが、熱い。

 たった1カ月でもう何回、この部屋に来たことだろうか。

 ワンルームの縦長の部屋に似合わない大きなテレビ。丁寧に並べられたバンドのDVD。窓際には女性服。そして、色とりどりのベレー帽。

 一人暮らし用の小さな四角い机の上にファッション雑誌が乱雑に置かれている。その穏やかな生活感に、もう安心感を覚えてしまっている。

 柔らかすぎて体が沈み込んでしまいそうなシングルベッドに、僕は裸で寝ている。自分と違う匂いに包まれるが、不思議と嫌な気分にはならない。

 上を見上げると、暗闇の中からでもわかる、シミひとつない真っ白な天井。そういえば新築だと言っていた。この部屋に住んでいる女性は今、僕のモノを丹念に舐め続けている。

 フェラを始めてからどれくらいの時間が経っただろうか。

 激しく咥えるよりも、丁寧に舐めたい。長い時間、パンパンに膨らんだ男性器を味わいたい。2度目のセックスが終わった後、フェラが好きだと教えてくれた時に、彼女は微笑みながらそう言った。

 下半身からゆっくりと全身に広がる快感が心地よい。


「美味しい」


 彼女は口いっぱいにモノを咥え込み、強く吸い始める。さんざん焦らした後の激しいフェラ。彼女の口と僕のモノが融合したような密着感。


「や、やばい、イっちゃう」


 暖かな熱に包まれながら、モノはビクビクと痙攣する。管の中を通る液体が、彼女の口に全て放たれる。

 モノから口を離すと、彼女は満足げな顔で「あーん」と口を開いた。そこには、何もなかった。

 こんな卑猥な子だとは思わなかった、と初めて会った日とのギャップに驚く。


「また舐めるね」


 この女性との関係はいつまで続くのだろうか。最初はただ、1泊させてもらえればラッキー程度の気持ちだったのに…。

 彼女のセックスに虜になってしまっている。これは幸運なのか、それとも不運なのか。

 僕らは、果たして、付き合っているのだろうか?

※ ※ ※

 ゴールデンウィークが明けて、街が連休中とは違う騒がしさを見せ始めた5月中旬。

 人々がどんよりしながら会社に向かう姿を、僕は駅のホームのベンチに座って眺めていた。

 少し前までは、この満員電車の人波の中に紛れていたと思うと、吐き気に襲われる。ここから逃れられたことが嬉しい。だからといって、今の自分の状況が誇れるわけでもない。

 夢や希望なんてものは、ない。

 同居人に会社を辞めたことを伝えていない僕は、毎日、出社するように見せかけて家を出た。そして、適当な駅で降りてホームのイスに座り、働きに出る人々をぼんやりと眺める。それくらいしか、やることが思いつかない。

 やることも、したいこともない。人と会うのも気が引ける。特にお金があるわけでもない。鬱々した気持ちを抱えて、知らない街に向かう日常。

 その日は、なんとなく、埼玉県に向かった。特に目的があるわけではない。ただ、東京が怖いだけだ。

 そんな日常を繰り返す中、唯一の癒しがマッチングアプリだった。

 ネットの世界の中には、こんな僕にですら話しかけてくれる人がいる。職業が辞めた会社の設定のままだからだろうか。それでも、女性が話しかけてくれるということは、自分を肯定されたような気分になる。存在感のない自分と話してくれる女性がいるということだけで落ち着く。たまに褒められるのがとても嬉しい。

 埼玉にいた僕は、検索フィルターを埼玉に設定し、たくさんの女性にメッセージを送った。仕事はなくても、お金がなくても、夢や希望がなくても、女性に触りたいという性欲だけはなくならない。

 なんだか今日は、家に帰りたくない気分だ。

 同居人は社会人としてちゃんと働いている。そんな彼に嘘をつきながら生活をするのは苦しい。早く言ってしまえば楽になると分かってても、なかなか言えない。彼は優しいから、何も言われないだろうと思っても、けっきょく自分のプライドが邪魔する。

 つまり、嘘をついて家に居続けるのが苦しいのだ。だから、誰か泊めてくれる優しい女性はいないだろうか?

 ホームのイスに座りながら何気なく時間を過ごす。マッチングアプリの検索結果に出る女性たちを眺めながら、電車に入ったり出たりする人の流れを見ながら時間を潰す。

 みんな、出会いを欲しがっている。この出社している人たちだって、マッチングアプリで出会いを探しているのかもしれない。仕事も顔も年齢も職業もバラバラ。こんなに多くの人が出会いを求めている。ひとりくらいは、僕を家に泊めてくれる優しい女性もいるだろう。

 今ならどんな女性が来ても嬉しい。顔なんて、スタイルなんてどうでもいい。泊めてくれるだけで十分だ。なんなら、どんなに見た目が醜い女性が来たって抱ける、と乱暴に思う。

 求められているという感覚。必要とされているという実感。会社を辞めてから、唯一、自分を肯定できる時間が、セックスだった。

 お昼頃、何人かの女性とマッチングが成立した。おそらく、仕事のお昼休憩の時にアプリを開いたのだろう。マッチングした女性全員に丁寧に返信をする。時間はたっぷりあるから、考えて返信することが苦ではない。

 ちらほらと何人かの女性とやりとりしている中で、妙に返信の早い女性がいた。名前は「七海」という。今日は仕事が休みなのだろうか。気になって聞いてみることにした。


「早く返信してくれてありがとうございます。今日はお仕事お休みなんですか?」

「今日はお休みなんです。なので、暇しています。返信早くて迷惑だったらすみません」

「迷惑じゃないですよ。とっても嬉しいです。僕も暇していたところなので、とても助かりました」


 七海が設定しているプロフィール写真を確認する。江ノ島だろうか、海をバックに爽やかな笑顔を見せていた。小動物のような雰囲気で、ベレー帽をかぶっているのが印象的だ。

 

今までマッチングした中だとかわいい方だな…


 少しテンションの上がった僕は、シンプルに七海に会いたいと思った。あわよくば家に泊まらして欲しい。セックスができたら、万々歳だ。

 七海のプロフィールを開く。そのサイトでは、プロフィールの真ん中は自由に書ける自己紹介スペースになっており、さらにその下に年齢や職業などの属性が書かれている。七海が一人暮らしかどうかをいち早く知るために、勢いよく携帯画面を一番下までスクロールした。


住まい:一人暮らし


 よし。目標は決まった。七海の家に泊まることを目指して、今日は生きよう。

 その他の七海の情報をチェックする。22歳、介護士、出身は東北で、趣味は映画鑑賞と料理。料理が好きなのか。自分も収入がないから節約しようと自炊にハマっていたところだ。話の共通点は料理がいいかもしれない。

 そして画面を上にスクロールし、フリースペースの自己紹介文を確認する。「出会いがないので始めました」「いい人に出会えたら嬉しいです」という、あたり障りのない自己紹介。しかし、丁寧な文体で綴られていることに、ほんのり優しさを感じる。


良い子なんだろうな


 「良い子」がどういう子を指すのか分からない。それでも僕は感覚的に、七海を良い子だと判断した。一体どんな話をするのだろうか。声は? 実際の見た目は? 服装は? 裸は? セックスは? 勝手に妄想が膨らんでいく。

 ピンク色の妄想を取り払い、さらに画面を下にスクロールする。すると、自己紹介の一番最後に、こんな文章が書かれていた。


「ヤリモクは本当に無理です。他を当たってください」


 急な強い言葉。その文字にドキリとする。僕は泊まらせてもらいたいだけだから、ヤリモクではない。だから、大丈夫。ピンク色の妄想をしていたことを都合よく忘れて、言い聞かせる。

 「ヤリモクお断り」という女性は、マッチングアプリ内でヤリモク男性に声をかけられた可能性が高い。「経験人数何人?」とか「エッチしよう」とか、直接的なメッセージが多く寄せられているのかもしれない。そんな男たちに嫌気がさし、あらかじめ予防線を張っておきたかったのだろう。

 わざわざプロフィールに書いて制しようとしてくるあたり、マッチングアプリであまりいい思いをしてないのかな。

 一見、こういう女性はとっつきにくそうに見える。しかし、発想を逆転させれば、相手の求めていることが、意外と簡単に見えてくる。

 「ヤリモクは無理」という言葉は、「ヤリモクじゃなければいい」とも読むことができる。つまり、七海のような女性たちは、「他のヤリモク男とは違う」と認識すれば、簡単に心を開いてくれるのだ。

 「素敵な男性」と思われるのは難しい。だが、「ヤリモクではない」と思われるのは簡単だ。要は、ヤリモク男たちが送るような直接的なワードを避け、優しさを見せればいい。嫌な思いをした女性たちは優しさに弱いのだから。会社を辞めた僕が、女性たちの優しさに触れて、自分を肯定できるように。

 都合のいいことに、僕の最終目的はセックスではない。泊めてもらうことだ。もちろんセックスができれば嬉しいが、別になくたっていい。セックスなんて、ついででいい。

 そんなことを思いながら、僕は七海にメッセージを送る。何通かやり取りをした後、今日の夜にご飯を食べることが決まった。

 待ち合わせの大宮駅に到着する。まだ待ち合わせの18時まで、時間はたっぷりある。

 何軒かいい雰囲気のご飯屋さんを携帯でピックアップし、実際に歩いて場所を確認する。この準備をする時間が楽しい。時間があることの利点だろう。七海との会話をイメージしながら時間を潰す。本屋やカラオケでさらに時間を潰した後、待ち合わせの時間となった。


「隔たりさん?」

「あぁ、七海さん」


 茶髪のショートカットにベレー帽。髪を耳にかけていて、金色のイヤリングが揺れている。リアルな七海も、写真と同様に、おしゃれな雰囲気を漂わせていた。


「初めまして」

「こちらこそ初めまして。写真でも見ていたけど、ベレー帽がとても似合っていて素敵ですね」

「えー本当ですか? ありがとうございます」


 両手でベレー帽を抑え、恥ずかしそうに笑う七海。クリクリとした目が、笑うとくしゃっと細くなるのが可愛い。


「それじゃあ行こうか」

「はい! あ、えっと、すいません。どこいくんですか?」

「あぁ、ごめん。一応ここか…それともこっちに行こうと思ってるんだけど、どっちがいい?」


 食べログのページを開き、七海に見せる。


「わぁ! 調べてくれたんですか。嬉しい。そしたら、こっちに行ってみたいです」

「了解。そしたら行こうか」


 地図を見ずに目的の店まで向かう。店の前に着いた時、七海が不思議そうな顔をして訪ねて来た。


「あれ、隔たりさんって住んでる場所、大宮でしたっけ?」

「違うよ」

「いや、1回も地図見てなかったし、来たことあるのかなと思って」

「あぁ。実は早く着いちゃって、1回場所を確認したんだ」


 素直に伝えると、七海は大きく目を見開いた。


「え! なんかありがとうございます…。優しい」

「ただの暇つぶしだよ。気にしにないで」

「いやいや、めっちゃ好感度上がります」


 七海の顔を見る。本気で驚いているようだった。今までヤリモク男としか会ってなかったから、そんなリアクションをしたのかもしれない。

「普通のことだよ」


 いつもこういうことをしていると、何気なくアピールする。


「普通じゃないですよ。いつも適当に決められたり、それこそ何も決めていない方ばっかりだったんで…」

「そうなんだ。みんな以外とそんな感じなんだね」


 七海は今までどんな男たちと出会ってきたのだろうか。少し興味を持ったが、聞くのは止めることにした。昔の男たちの愚痴大会になったら面倒だ。今は「ヤリモク男と違う」というところを、僕がアピールする時間だ。


「それじゃ、入ろうか」

 

 選んだ店はレコードがかかっていそうな昭和の雰囲気が漂うカフェだった。コーヒーが売りの店だが、夜ご飯のメニューも何品か揃えられている。量はさほど多くはないが、女性には丁度いいサイズだろう。今は、自分の食欲など二の次だ。七海に喜んでもらえればいい。

 それぞれに注文を頼み、カフェの中を見渡した。「めっちゃ雰囲気いいですね」と七海も店内を眺めている。とても楽しそうだ。女性を喜ばせているというだけで、自己肯定感が上がる。


「いい雰囲気だね」

「はい。すごく素敵です」

「来たことはなかった?」

「はい、ありませんでした。大宮に住んでますけど、こんな店があるなんて知らなかったです」


 大宮駅で会うことを選んだのは、七海の最寄駅だったからだ。相手の最寄駅で会うことによる利点は2つあると、僕は考えている。

 ひとつは、優しさを見せれることだ。

 「大宮に行くよ」とラインで送ったとき、七海は素直に「え!? いいんですか!?」と答えてくれた。さらに「お仕事大変だと思うから、そっちの方が七海さんがゆっくりできると思うし」と送ると、「隔たりさん優しい…」と返ってきた。

 最寄駅に行く理由を「あなたに無理はさせたくない」と伝えることで、優しさをアピールできるのである。

 そして、もうひとつ。最寄駅で会うことによって、家に行くハードルを下げれると言うわけだ。

 ちなみに、待ち合わせ時間を18時に指定し、ご飯屋さんにカフェを選んだのは、「ヤリモク男ではない」と暗に伝えるためである。夜遅い時間、かつ、お酒を飲める場所で会ってしまうと、警戒心が高まる可能性があるからだ。

 僕はお酒を利用してまで、七海の家に泊まったり、セックスしたいと思っていなかった。普通に会話をして、安心してもらい、その流れで、泊まりだったりセックスができればいい。

 強制するつもりなんてないのだ。七海が自ら望み、そして選んでもらいたい。僕を泊まらせることやセックスすることを。

 そうでないと、自分が罪悪感に押し殺されてしまう。

 もう、セックスで苦しみたくないのだ。


 運ばれて来たご飯を口に運びながら、他愛もない話をする。僕はプロフィール欄に書いてあった、気になっていたことを聞いてみることにした。


「そう言えばさ、プロフィール見たんだけど」

「はい」

「七海さんは料理が好きなの?」

「はい。自炊とかもよくするんです!」

「そうなんだ。自炊楽しいよね」

「え! 隔たりさんも自炊するんですか??」

「意外だったかな? するよ。料理って楽しいよね」


 そこから自炊トークに花が咲いた。

 七海は去年、東北から上京したばかりで、初めての一人暮らしだそうだ。実家の味が恋しくなって、家で再現することに挑戦していたら、自炊にハマったと言う。七海の話す料理は聞いてるだけでもとても美味しそうだった。今、カフェのご飯を食べている最中であるが、シンプルに食べてみたいなと思った。

 

「七海さんの話を聞いてたら、食べてみたくなってきたな」

「えー本当ですか?」

「うん。今ご飯食べてるけど、この後にも食べたいと思えるくらい、美味しそうな説明だったよ」

「そんなに褒めてくださるなんてメッチャ嬉しいです。なんか、隔たりさんに食べてもらいたいなぁって思ってきました」


 七海と目が合う。彼女は「えへへ」と恥ずかしそうな照れ笑いを浮かべた。


「そんな笑顔見せられたら、本当に食べたくなっちゃうよ」

「恥ずかしい…。でも、上京してから誰にも料理を食べてもらったことないんで、食べてみて欲しいかもです」


 七海の体が少し、前のめりになった。

 それを見て、僕も少し前かがみになり、七海との距離を縮める。

「そしたら、本当に食べに行ってもいい?」

「え! いいですけど…隔たりさん、お腹いっぱいになっちゃう」

「全然大丈夫だよ。今日は何も食べてないし、このご飯も少ないしね」


 働いてなくて収入がないから、なるべく節約したいから、とは言わない。今、必要のない情報はいらない。


「何も食べてなかったんですか!? なんかそれはかわいそうってなっちゃいます。そしたら…作りましょうか?」


 七海が母性を見せる。あともう一押し。


「本当にいいの? でも無理しないでね」

「ありがとうございます。幸い、私の家ここから近いし、まだ19時なんで時間も早いですし…」


 七海は何かと葛藤しているように見える。その顔を、僕は可愛いと思った。


「そっか。さすがにお家に入るのは、あれかな」

「いや、隔たりさんなら全然大丈夫なんです。ただ、今の家に男の人を呼んだことがないんで、その…」

「緊張しちゃった?」

「はい…。しちゃいました」

「七海さんって可愛いところあるんだね。全然無理しなくてもいいんだからね」

「いや、無理してないです。そしたら、私、料理作ります!」


 注文した料理はしっかりと全てたいらげ、僕らは会計をし、店を出た。そのまま爽やかな夜風に吹かれながら、七海の家へと向かう。

 七海の少し斜め後ろを歩きながら、横顔を眺める。小動物のような丸い目に、すらっとした鼻筋、そして薄いがみずみずしさを感じさせる唇。町の街灯に照らされた横顔は、どこか気品を漂わせていた。

 七海のルックスは悪くない。むしろ、可愛いと思う。そして笑顔や照れた表情も可愛い。何も食べていなかったと僕が言った時に見せた、心配するような反応を見る感じ、性格もとても良さそうだ。


七海と付き合いたいと思う男はたくさんいるだろうな


 今から家に行き、もし泊まることができたとしたら。果たして僕は、手を出してしまうだろうのか。もし、手を出したとして、嫌がられてしまったとしたら、僕は後悔してしまうのだろうか。それよりも、ひとつひとつ恋愛の段階をちゃんと踏んで、恋人となるような関係を築いていったほうがいいのではないか。

 七海と付き合うということを少し想像しながら、彼女の後ろについていく。僕らの先にある住宅街へと続く道は暗く、まるで大きな闇に包まれていくような気分だった。

 扉を開けると、森に包まれるような優しい匂いがした。「ここに座っててください」と七海が指差した丸くて青いクッションに座り、部屋を見渡す。白と茶色が基調の落ち着いた部屋。まるで性格の良さが滲み出ているようだった。


「じゃあ、作ってきますね」


 七海はキッチンに移動し、さっそく料理を作り始めた。扉を閉められて一人残された部屋の中で、僕はコンドームを取り出し、カバンの一番取りやすい場所へと移動させた。

 目の前には部屋のサイズに合わない大きなテレビ。隅には女性服とベレー帽。座っている後ろにはシングルベッド。女性の一人暮らし。この部屋の中にいる僕という存在。

 七海は自己紹介文で「ヤリモクは本当に無理」と書いていた。それなのに、出会ったばかりの男を部屋に上げている。僕はヤリモクと思われていないということなのだろうか。果たして僕はセックスする目的で、ここの部屋に上がったのだろうか? 泊まれればいいという思いだけだったのに、カフェを出てからピンク色の妄想が止まらない。

 時間はまだ19時を過ぎたところ。終電をなくした、という言い訳をして泊めさせてもらうには、長い間話し続けなければならない。そしてそこからセックスにもっていくには、七海との関係が今日限りで終わってしまうかもしれないという覚悟を決めなければならない。

 七海が様々な行程を経て料理を作っていくように、僕も様々な行程を想像して計画を練り上げていく。けれども僕の意思は、行程をちゃんと辿れば簡単にできる料理のように素直にはなれない。

 扉の向こうから音がする。七海が僕だけのために料理を作ってくれている。そんな優しさを見せる彼女に、僕は彼女が嫌う「ヤリモク男」として接することはできるのだろうか。

 何度考えても割り切れない自分がいる。少し、七海に惹かれてしまっているのだ。料理という生活感と結びついた七海を、街灯に照らされた気品のある横顔をした七海を、僕はただの泊まらせてくれる都合のいい女性として、そして、セックスの対象として見れなくなっている。

 七海が望んでセックスを受け入れてくれることが一番だ。けれど、湧き上がる性欲と同時に、長い関係でいたいという欲求も生まれてくる。その欲求を優先するならば、セックスは愚策であろう。セックスから始まった関係で、長い関係を築けたことが、今まで僕にはない。


「ごめん、お待たせしました。できましたよ」


 そうこう悩んでいると、七海が扉を開けて料理を持ってきた。泊まるだけにするか、セックスを誘うか、長期的な関係にするために今日は帰るか。その答えはまだ出ていない。とりあえず、七海が作ってくれた料理を美味しく食べよう。それなら迷わずできる。


「口に合うかどうかわからないけど…美味しいと思ってもらえるといいな」


 小さな四角い白いテーブルに置かれた親子丼。食べやすいサイズに切られた鶏肉に、黄金色に光る卵。熱々の湯気が上昇し、シミひとつない天井に当たり、消える。絡まり合った食材と、そこから湧き上がる湯気が、なんだか卑猥に思えきて、下半身が熱くなる。


「冷めないうちに食べてね」


 ピンク色のエプロンをつけた七海。落ち着いた部屋の中でのワンポイントのピンクは、さらに僕を刺激する。そしてなにより、料理を作るときにちゃんとエプロンをつけることが愛おしく思えた。


「エプロン似合ってるよ。可愛いね」


 七海は恥ずかしそうに笑う。


「えーありがとう」


 素直だな、と思った。素直だから、マッチングアプリにいるヤリモク男たちの言葉を流せなかったのだろう。素直に受け止め、素直に嫌な思いをし、素直な気持ちでお断りしたんだな、そう思った。

 

「そしたら食べるね」


 スプーンを手に取り、親子丼をすくう。米と鶏肉と卵。半熟のドロリとした白身が、丼の中へ落ちる。


「いただきます」


 七海がひとつひとつの作業をこなし作り上げた親子丼を口に運ぶ。出来上がったもので、欲求を満たす。この料理の過程を僕は一切知らない。完成されるまでの過程を知らないで、美味しいところだけ味わう。それはまるで、付き合っていない男女のセックスだな、と思った。恋愛の順序を無視して、相手の体を味わうように。


「美味い!!!!!!」

 性欲を表現するときに、食欲に例えることがある。例えば、恋人がいても他の人とセックスしたくなる欲望を、「毎日大好きなものを食べてたら飽きるでしょ?」というように。さらには、異性を抱くことを「食べる」と表現することもある。そう考えれば確かに、食と性は似ているのかもしれない。

 今、僕は七海の作った親子丼を食べている。柔らかい鶏肉、ふわりとした卵、温かい米。そして味の大部分を決めるタレは、とても優しい味がする。

 柔らかい、ふわり、温かい、そして優しい。それはまるで、七海との性行為を連想させた。


「ほんと!? よかった!」


 めっちゃ美味しいよ、と言って僕は親子丼を駆け込む。どんぶりの中身はあっという間に空になった。食欲と性欲は似ているー。


「そんなにあっという間に食べてくれて、嬉しい」


 こんなに美味しい親子丼を作る七海。それを作って、今まで一人で食べていた七海。そんな食欲を持った七海は、どんなセックスをするのだろうか。


「もっと食べたい」


 僕は七海を見つめてそう言った。欲が止まらない。美味しいものを食べたら、欲なんて止められない。


「お腹いっぱいだけど、もっと食べたい」


 七海は「まだ食べれるの?」と驚いた顔をしたけれど、微笑み返してくれる。

 その優しさに甘えたくなる。


「明日も食べたい」


 マッチングアプリ。初対面。最寄駅。おしゃれなカフェ。七海の家。匂い。料理。エプロン。微笑み。ふたりきり。今日辿ってきた時間の先にある、理想的な展開をどうしても期待してしまう。


「だから」


 他人の素直さに触れると、自分も素直になりたくなる。


「今日、泊まってもいいかな?」


 君とまだ一緒にいたいんだ。


「だめかな?」


 いろいろなことをしたいんだ。

 七海はカフェにいた時のような戸惑った表情を見せた。苦笑いを浮かべ、うつむく。


「あのね」


 七海は空になった丼を見ながら話し始めた。


「その…実は、調味料…少し間違えちゃったの」


 僕も空になった丼を見る。


「それをね、できた後に気づいたの。だから作り直せなくて…」


 僕は目線を七海の方に移す。同時に七海も僕の方へ目線を移す。


「だから、また、ちゃんと作ったのを食べて欲しいなって思ってて」


 目と目が合う。七海は照れ笑いを浮かべた。


「明日はちゃんとしたの作るから、また、食べてね」


 今日、何度も見た照れ笑い。それにつられて、僕も同じように笑った。

 そして、その日の夜、僕らはセックスをした。

 七海の作った親子丼のような、優しいセックスだった。

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 セックスした次の日の目覚めは早い。それは興奮の名残によって眠りが浅くなるからだ。七海と触れ合った感触がまだ、身体の至るところに残っている。

(文=隔たり)

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