隔たりセックスコラム「リアル童貞卒業物語<第6章>」
隔たり…「メンズサイゾーエロ体験談」の人気投稿者。マッチングアプリ等を利用した本気の恋愛体験を通して、男と女の性と愛について深くえぐりながら自らも傷ついていく姿をさらけ出す。現在、メンズサイゾーにて連載コラム「セックス物語」を寄稿中。「隔たり」というペンネームは敬愛するMr.Childrenのナンバーより。 |
※これまでのリアル童貞卒業物語:第1章/第2章/第3章/第4章/第5章
夕方5時、渋谷、道玄坂、ラブホテルの一室。
季節は夏。日はまだ明るい。だが、その光は密閉された部屋の中には届かない。
まるで世間から隔離されたような空間。
薄いピンク色をした壁に、鏡を使った不思議な模様が描かれている。
真っ白なベッドには、優しく膨らんだ枕がふたつ。
友人がオススメしてくれた、安いのにキレイだというラブホテル。
彼女と来る予定だった、とっておきの場所。
しかし隣にいるのは、彼女ではなく、玲。
僕と玲は友達でも恋人でもない、曖昧な関係だ。
今日、僕は童貞を卒業する。
「ラブホってキレイなんだね」
「来るの初めて?」
「うん、初めて。なんかドキドキする」
僕は玲が今までどんな恋愛をしてきたか、全く知らない。
彼氏はいるのか、何人くらいと付き合ったことがあるのか。
処女だと勝手に決めつけていたが、それはあくまで僕の想像にすぎない。
けれど、ラブホテルに入ってからの初々しい反応は、彼女を処女だと決め付けるには十分だった。
「玲、ここ座って」
僕はソファを指差す。部屋を楽しそうに物色していた玲は、まるで初めてディズニーランドに来た子供のように、目をキラキラさせている。無邪気に足をばたつかせながら、玲は素直にソファに座った。
「隣、座るね」
僕は玲の横に座る。すると、ふわりと柑橘系の香りがした。
香水をつけているのだろうか。前回会った時にはつけていなかった。玲なりに、心の準備をしてきたということなのだろうか。
そんなことを思いながら、他愛もない話をする。玲の言葉に曖昧な相槌を打ちながら、ぼんやりと、これからどうセックスに持っていこうか、ということを考え始める。
おそらく、玲の覚悟はできている。探るよりも、強引に攻めた方がいいかもしれない。
すると、玲が何か大事なことを打ち明けるような、落ち着いたトーンで言った。
「あのね、私、明日誕生日なんだ」
玲の顔を見る。声は落ち着いていたが、表情はどこか嬉しそうだった。
「誕生日の前に、こうやって隔たりに会えるなんて嬉しい」
その言葉に、僕は戸惑う。
僕は明日が玲の誕生日だということを知らなかった。
誕生日だから、誕生日だからといって、僕はどうすればいい。
玲は何を望んでいるのだろう。
これは僕にとって都合のいいことなのか、むしろ都合の悪いことなのだろうか。
「それはよかった。おめでとう」
「ありがとう」
玲はずっと笑っている。本当に楽しそうだ。
付き合ってない男と誕生日の前日にラブホテルにいることは、ずっと笑ってしまうくらい嬉しいことなのだろうか。
僕と玲はいつも、何かを隠しながら一緒にいる。
彼女がいること、玲に気は全くないこと、セックスしたいから会ってること。僕は色々なことを隠している。
本当は素直に伝えた方が良いのかもしれない。伝えた上で、玲が受け入れてくれる可能性も少しはあるのかもしれない。
だからといって、傷つけてしまう、反対に責められてしまうのではないかと思うと、当たり前だが怖くて言えない。
対して玲は、僕のことをどう思っているかを全く言わない。僕から手を出されることに関しても、何も言わず受け入れている。だから僕は玲が何を考えているかわからないし、どうしたいのかもわからない。
玲は僕のことが本当に好きなのだろうか。
好きだから、曖昧なセリフを口にするのだろうか。
「誕生日の前に、会えるなんて嬉しい」
ラブホテル。誕生日。嬉しい。
この言葉の羅列は、僕に好意を伝えているようにしか思えない。
「それなら、よかった」
人に好かれることは嬉しい。その好意を直接伝えてもらえることは、とても幸せなことだ。
なのに、玲の言葉を聞いて、僕は不安になった。
好きでもない人に好意を伝えられることは、これほど心がざわつくものなのだと、改めて思う。
僕に彼女がいなかったら、玲からの好意は喜びとして受け入れることができたのかもしれない。
受け入れられないのは、彼女がいるから。彼女がいるから、罪悪感が生まれる。それはとてもシンプルな感情の動きだ。
しかし、彼女がいても、人から好意を伝えられることは嬉しいのではないか。
この罪悪感の正体は一体なんなのだろう。
隠し事をしているからだろうか。
嘘をついているからだろうか。
それともこの罪悪感は、玲に向けてのものではなく、彼女に向けてのものなのかもしれない。
感情の方向が、ぐちゃぐちゃになっていく。
絡み合った負の感情は、僕にしか感じることができない。
客観的に見れば、ベッドに玲と僕が横並びで座っているだけ。
その事実だけが存在する世界なはずなのに、僕は頭の中のドロリとした感情を世界と認識し、何も起きていないのに勝手に苦しくなっていく。
苦しみは、僕の中だけにしかない。
その苦しみを早く出したい、と思う。
どんな形でもいいから、出したい。
苦しみから逃れたい。
童貞の自分を消したい。
セックスで悩まない人間になりたい。
早くセックスがしたい。
新しい自分になりたい。
生まれ変わりたい。
大人に、なりたい。
心が、体が、蝕まれていく。
「玲」
僕は玲をベッドに押し倒した。
そのまま強引にキスをして、激しく胸を揉む。
顔がだんだんと熱くなる。
脳が膨張して、血管が吹き飛んでしまいそうな感覚だ。
興奮が止まらない自分の吐息が耳に響き、さらに狂いそうになる。
キスが止まらない。
欲も暴走していく。
もっと粘膜を感じたい。
温かみが欲しい。
声を出せ。
卑猥な、卑猥な声を。
感じてくれ。
気持ち良くなっているという、サインを見せてくれ、玲。
これから僕たちはセックスをするんだ。
付き合ってないけど、するんだ。
嬉しいという反応を見せてくれ。
この行為に意味を与えさせてくれ。
これからする「セックス」を肯定させてくれ。
僕は、嘘でもいいから「繋がり」を感じたいんだ。
どうせセックスするなら「共有」が欲しいんだ。
僕らにとってセックスは必要だった。そんな結果を得ることができれば、この苦しい感情は無駄にならない。
玲、感じてくれ。
「あんっ」
強引な僕の攻めに、玲は少し、吐息を漏らした。
気持ち良くて出たのか、勢いで出てしまったのは分からないが、それは僕を安心させた。
「下、触るよ」
僕は玲のスカートの中に手を忍び込ませ、下着の上からなぞる。
そこはもう、湿っていた。
「玲、濡れてるよ?」
AVでよく聞くセリフ。どうすればいいかわからないから、なけなしの知識を見よう見まねで使ってしまう。
「恥ずかしい…」
指の腹で割れ目をおし、下着の中に食い込ませる。グショリ、という感覚が指に伝わってきた。そのまま指を横にずらして、直接中に入れる。
「あっ」
彼女と付き合う前に玲に会った時、僕は指を中に入れた。玲はそれに対し、何も反応を見せることはなかった。
しかし、今日は反応を見せた。ラブホテルだからだろうか。気持ちが固まっているからだろうか。
僕はものすごく嬉しくなって、さらに指を動かしていく。
「あっ、あっ」
玲は目をつぶりながら反応する。そして腰を激しくクネクネさせる。
感じているというサインを読み取れることは楽しい。初めて見る反応に、僕の下半身がどんどんと大きくなっていった。
自分の力で女性を狂わせている、乱れさせている。セックスにおいては普通な状況なのかもしれないが、僕にとって初めての体験で、それはもう絶景に見えた。
僕は玲の気持ち良さが消えないように、指の動かすスピードを保つ。
すると玲は僕の首に手を回し、あからさまに表情を歪めた。
「玲、感じてるの?」
「なんかやばい…」
「気持ちいい?」
「…たぶん…」
玲の目は潤んでいた。その表情は、ラブホテルの入ったばかりの頃よりも、何十倍も可愛く見えた。
「服脱いで」
もう抑えきれない。
僕は指を抜いて、自分の服を脱ぎ捨てた。
玲も僕に続く形で服を脱ぐ。上下の下着も全部脱がし、裸になった。
可愛く膨らんだ胸に、少し凹んだ腹筋。ゆるやかなカーブのくびれに、普通サイズのお尻。運動で鍛え上げられた太ももの間には、黒々としたものが生い茂っている。
スタイルがいいとは言えないが、妙にエロい。初めて見た玲の全裸は、彼女の全裸よりも興奮した。
「舐めて欲しい」
僕はベットの上に大の字で寝転がる。
玲は僕の股の間に入り、モノを握る。一度じっと見つめた後、いきなり奥まで咥え始めた。
後頭部しか見えないほどの、飲み込むようなフェラ。前回会った時のフェラと同じやり方を、最初から繰り出してきた。僕の快楽は二次曲線のように、大きなカーブを描いて上昇していく。
僕は体を少し上げ、手を伸ばし、玲の胸を触る。牛の乳のように下に垂れた胸は、押し倒した時に触ったものよりも柔らかく感じた。
「んっんっ」
胸を触られて感じるような声を出しても、玲のフェラは止まらない。むしろスピードはどんどんと早くなっていく。
「や、やばい」
僕が抵抗するそぶりを見せるも、玲はフェラを止めない。強引に、激しく、モノを飲み込んでいく。
「ちょ、ちょっとストップ」
「あ、ごめん。痛かった?」
「いや、痛くないけど激しすぎて」
本当は少し、痛かった。歯が当たって、押しつぶされそうだった。しかし僕はそれを指摘する気は全くなかった。
なぜなら、玲の激しいフェラは、僕を気持ち良くさせたいという優しさから生まれたものであると感じたからだ。奉仕してくれている女性に対して、僕は否定などできない。
さらに彼女のフェラより激しく、十分な刺激を感じた。それだけで僕は嬉しかった。
興奮は気持ち良さに比例するものではない。興奮は激しさに比例するものなのだ。
気持ち良くないゆっくりとしたフェラと、痛いけど激しいフェラだったら、後者の方が圧倒的に興奮する。
そう、痛みを感じながらも僕は、ものすごく興奮しているのだ。
「挿れていい?」
玲の返答を待たずに、ベッドへ寝かす。そして、枕元に置いてあるゴムを手にとった。
「挿れるの?」
「うん、挿れる。足開いて」
「恥ずかしい…」
「恥ずかしくないよ」
「恥ずかしいよ」
玲はなかなか足を開かない。
「もう挿れるから、足開いて」
「でも…」
なぜ今さら恥ずかしがるのだろうか、と思う。
ここで恥ずかしがったからといって、僕が止めると思っているのだろうか。
「じゃあやめようか」と言ったら、「そうですね」と言う気なのだろうか。
セックスしにここにきたのではないのか。
その純粋さに、イライラが湧いて来る。
さっきまで興奮していたはずなのに、簡単に「怒り」という感情が生まれてしまう。
興奮も怒りも、体が自然と熱くなる、制御しづらい感情という点では同じ。
同じタイプの正と負の感情が同時に混在し、思考が不安定になる。
黙って言うことを聞け!
頭の中に、興奮と怒りが混じった言葉が生まれる。
それを、わずかに残った理性で押さえつける。
もしかしたら人は、相手が思い通りに動いてくれない時に、怒りを覚えるのかもしれない。
「恥ずかしいよね。でも俺、玲とひとつになりたいんだ」
感情を押し殺して、笑顔で、悟られぬように、ゆっくりと伝える。
「玲のこと好きだよ。だから、挿れるね?」
童貞卒業は目の前に来てる。怒るな、焦るな。
「私も…好き」
玲の「好き」という言葉。
それは僕の鼓膜で「挿れていいよ」という言葉に変換され、脳に伝達される。
「じゃあ、足開いてもらっていい?」
玲は恥ずかしがりながらも、足を開く。溢れ出た愛液が、黒々とした茂みを光らせていた。
僕はゴムの袋を破り、モノに被せようとした。
しかし、うまくつけられない。
玲が恥ずかしがっている間に、モノが柔らかくなってしまったようだ。しごいてみるが、先ほどの硬度には戻らない。「失敗」という負のワードが頭をよぎる。
僕はまた失敗してしまうのか?
ここにたどり着くまでに、多くの時間を費やした。
遡れば、中学2年生の時から。高校を経て、今、大学2年生。その間、約6年。
6年もの間、僕はセックスというものと戦っていた。
初めての彼女だったみずきや、大学でできた彼女。大切な存在である彼女たちを、僕は傷つけた。そして後々、玲のことも傷つけてしまうだろう。多くの女性を傷つけた上に、今のこの状況がある。
自己嫌悪に陥るほどクズな行動を繰り返し、やっとここまでたどり着いた。これ以上、誰かを傷つけたくない。彼女たちにひどい行動をするたびに、自分の心も傷ついていった。
いつからだろう。
セックスに対する感情が、憎しみに変わったのは。
ただセックスがしたいと純粋な好奇心で思っていただけなのに、僕はセックスから逃れたいと思うようになっていた。
うまくセックスができない自分を責めると同時に、セックスという行為、いや、概念自体に憎しみを持つようになっていた。
セックスがなければ、みずきと別れることはなかった。
セックスがなければ、玲をこんな道具みたいに扱うことはなかった。
セックスがなければ、彼女に恐怖を与えることはなかった。
セックスがなければ、彼女たちと、心地よい人間関係を築けたはずなのに。
なぜ、人を傷つけてまでセックスをしなきゃいけないのか。
なぜ、セックスの経験の有無で人の価値が決まってしまうのか。
憧れとして僕の心を占めていた「セックス」は、僕の心を占めたまま、憧れから呪いに変わった。
その呪いを解くには、もう挿れるしかないのだ。
僕はセックスを知らない。知らないから、憎しみを抱いている。
知れば、セックスを愛せるかもしれない。
知らないことに対して恐怖を感じ、勝手に自分を苦しめるのはもう嫌だ。
僕は腰をあげ、玲の顔の横に座る。玲の口にモノを置いて、フェラを要求した。
「ごめん、小さくなったから、舐めて大きくしてほしい」
玲は咥えることには抵抗がないようで、すぐに咥え始めた。僕は右手で玲のアソコを指で撫で、入り口の場所を把握した。
ここに、挿れるだけだ。
玲の穴は彼女のよりも大きい。うまく入ってくれることを、願う。
「玲、ありがとう。そしたら、挿れるね」
ゴムを根元まで装着し、玲の足の間に構える。
左手で玲の足を開かせ、右手でもう一度穴の位置を確認する。
そして、右手で自分のモノを固定し、前へ。
穴にモノを当てる。
鼓動が激しく脈を打つ。
心臓が飛び出してしまいそうの激しさ。
一度、大きく深呼吸をする。
玲の顔。髪。首。鎖骨。胸。乳首。腕。手。くびれ。足。
上から下に「女性の体」を認識して、目を瞑る。
みずきの体。彼女の体。
想像の中で、3人の女性の体が重なり合った瞬間、僕はモノを勢いよく前に押し出した。
「…」
僕のモノはあっけなく、玲のアソコに飲み込まれた。
痛みや膣口の抵抗はない。
それどころか、滑らかに入って行く感覚もない。
凹んだ場所に、ぴったりハマったという感覚もない。
温かみも快感も、喜びも幸福も、何も感じない。
ただ、大きな穴に小さいモノが入っているだけ。
玲は何も反応を見せない。
入ったのかすら、わからないようだった。
「動くね」
僕はぎこちなく腰を振り始める。
空気に突き刺しているようで、何も感じない。
股間を見ると、モノがアソコを出たり入ったりしている。
互いの陰毛がぶつかり合っている。
まるで陰毛だけが愛し合っているみたいだ。
卑猥な音は鳴らず、聞こえるのは陰毛がこすれあう微かな音だけ。
視線を少し上げると、乳首と目があった。だらしない、眠そうな乳首。
さらに視線を上げると、玲の顔があった。
玲は目を瞑っている。表情からは何も読み取れない。かわいい、とは少しも思わなかった。
もう一度視線を上げると、壁紙の鏡の模様が目に入った。そこにうっすらと、男が写っている。
男と目があう。死んだ魚のような目だ。
男は裸で、前後に動いて、歪んだ表情をしている。
そこからは、喜びなどの幸福な感情は読み取れない。
ストレスに支配された、険しい表情。
その姿を一言で言うなら、絶望。
あぁ、僕は絶望しているんだ。
「イクよ」
玲の腰を持って、激しく腰を振る。
刺激を感じるために、モノを無理やり膣壁に擦り付けた。
ほんの少しの心地よくない快感に、不思議と射精感は高まる。
相撲みたいに、股と股がぶつかっている。
これがセックスなのか。
もう、やめよう。
「イク」
モノの先端から、ちょろっと精子が漏れた。
わずかな射精の快楽が気持ち悪さを増加させる。
僕はすぐにモノを引き抜いて、ゴムを外してゴミ箱に捨てた。
玲に何も言わずシャワーに入り、モノを洗う。
シャワーから出ると、脱ぎ散らかした服を拾って着る。
玲は僕の行動を確認して、同じように服を着始めた。
目線だけ合わせ、何も言わず、ホテルから出る。
「そういえば、この後予定あるんだった」
嘘をつく。
「だから、こっちから帰るね」
僕はラブホテルが連なった道を指す。その道がどこに続くか、僕は知らない。
「あ、そうなんだ。わかった」
玲は寂しそうな顔をしている。
「気をつけて帰ってね」
そう言って玲に背中を向けて、歩き出す。
「うん。隔たりも。ありがとうね」
背中に、玲の切ない声が当たった。
僕はついに、童貞を卒業した。
初めてセックスをすることができた。
これで一人前の大人になった…はずなのに。
セックスというものは、僕の想像していたものと全く違かった。
モノをアソコに挿れれば、とんでもない快感に包まれると思っていた。
膣肉がモノにねっとりとまとわりつくものだと思っていた。
モノを逃がさないほど、膣に強く締めつけられると思っていた。
獣のように、お互いの体を貪り合いたくなるくらいの、興奮を呼び起こすものだと思ったいた。
初めてのセックスは、そんな僕の想像と全て真逆だった。
気持ち良くなかった。
空洞にモノを入れているというだけの感覚しかなかった。
締め付けられることもなかった。
玲の体を貪りたいなんて、一瞬も思わなかった。
AVで見た狂ったセックスなんて、できる気がしなかった。
セックス中の僕は、信じられないほど冷めていた。
絶望した。セックスにも、そして、自分自身にも。
セックスにたどり着くまでの自分は狂っていたのに、いざ本番になると冷静になってしまう自分をあざ笑ってやりたかった。
僕が知りたかった「セックス」というものは、この程度のものだったのか。
この程度のもの。男のモノが女のアソコに入っているというただそれだけの行為。「挿れる」という行為に期待と理想と夢を抱いていた自分が馬鹿らしくなった。
童貞をずっと捨てたかった。早く大人になりたかった。
そんな願いをずっと持っていた。その願いを達成したところで、喜びなどは何もなかった。
願えば願うほど理想は高くなり、理想を抱けば抱くほど、現実とのギャップに苦しむ。
ただのセックスだ、くらいに思っていた方が、もっと気軽にできたのかもしれない。
僕はけっきょく、どうすればよかったのだろうか。
「玲」
僕は振り返って、呼ぶ。
「何?」
なぜ振り返ったかは、自分でもわからない。
「その…誕生日。1日早いけど、おめでとう」
玲の表情がパッと明るく咲いた。自力で咲かせているようにも見えた。
「ありがとう。嬉しい」
玲が手を振る。その行動を真似するように、僕も手を振る。
「それじゃあ」
ふと、そういえば玲は血が出ていなかったな、と思い出す。
女性の初体験は血がたくさん出ると聞いていたから、もしかしたら玲は処女ではなかったのかもしれない。
なんて滑稽なのだろう。もし、玲に経験があったとしたら、僕を心の中で嘲笑ってたかもしれない。情けないセックスだ、と思われていたかもしれない。
でも、今となればもうどうでもいいことだ。
もう、玲とはセックスしないだろう。
会うこともないかもしれない。
童貞卒業なんて、全然大したことではなかった。
特別なものだと思っていたけど、セックスなんて全然大したことなかった。
こんな大したことない行為のために、僕は3人の女性を傷つけた。
みずき、彼女、玲。
彼女とは付き合っているが、もう別れてしまうだろう。
この気持ちを抱いたまま付き合い続けることなど、僕にはできない。
僕はもう、誰も傷つけたくない。
セックスよりも、人を傷つけない方がはるかに大事だ。
玲に「おめでとう」と言ったのは、おそらく、そんな気持ちからだった。
どの場所に辿り着くか分からない、ラブホテルが連なった道を歩く。すると、ひとつのホテルから、手を繋いだ男女が出てきた。
カップルだろうか。ふたりとも幸せそうな笑顔をしていた。
僕は体を寄せ合っているその男女の背中を、じっと眺める。
どんなセックスをしたんですか?
やっぱりセックスって気持ち良いんですか?
ふたりは今幸せですか?
だとしたら、そのセックスはどうやったらできるのですか?
ふたりに聞きたいことが、無意識に頭の中に溢れ出す。僕はすぐさま携帯を取り出して、メモのアプリを開いて、こう書いた。
「女性が喜んでくれるようなセックスを探したい」
今まで僕はずっと「童貞を卒業したい」という気持ちで動いてきた。相手のことなど、一ミリも考えていなかった。
楽しそうに歩く男女を見て、特に女性の笑顔を見て、僕は思った。次にセックスする女性に、あの笑顔になってほしい。実際にできている人がいるのだから、僕にもできるのではないかと。
喜んでほしい。どうせセックスするなら、女性に喜んでほしい。
もう、みんなのあの顔を見たくない。
その顔を見て、自分が苦しみたくない。
この経験を良かったことに変換するためには、今後出会うであろう女性たちを喜ばせることなのかもしれない。
この経験があったから、目の前の女性を喜ばせることができた。
いつかそんな気持ちを体験したいと、強く思う。
僕はセックスを知らない。もしかしたら、これからも知ることはないのかもしれない。
そもそも、本当の「セックス」なんてないのかもしれない。
今ここにある状態、これから僕が積み重ねていくものが、僕にとっての本当の「セックス」になるのだろう。
セックスの価値観なんて、いくらでも変えることができる。
僕がセックスについて考えたこと、実際にセックスしたこと、それらが僕の「セックス」を作っていくのだ。
それならば、誰かを傷つけるような「セックス」はしたくない。
「セックス」とは、ふたりが幸せになるものだ。
「セックス」とは、人生を狂わせるものではなく、幸福にするものだ。
これも理想なのかもしれない。現実が見えてないのかもしれない。
でも僕は、人を傷つけるセックスを知ることができた。
そして、その理由が自分の無知さだというのも学んだ。
セックスは誰も傷つけない。セックスを扱う人が、誰かを傷つけてしまうのだと思う。
僕はセックスの扱い方を間違った。自分のちっぽけなプライドのために、女性の体を利用した。
だからこそ、学んでいきたい。これからセックスをする人たちに喜んでもらえるように学んでいきたい。相手からも聞きたい。対話したい。
それを繰り返すことによって、全ての経験が報われるような気がするのだ。
初体験が失敗したからこそ、僕はセックスについて真剣に考えることができた。
間違いや失敗の体験が多ければ、その分、大切な何かに気づく。
人を傷つけてしまうことはよくないが、その失敗を繰り返さないことが、誰かを幸せにすることに繋がるのだ。
そう、信じたい。
どこに辿り着くかわからない道をひたすら歩く。
見渡せばたくさんのラブホテル。
ラブホ街を抜けた先は、一体どんな場所なのだろうか。
水平線と夕日が重なり、オレンジの光が乱反射する。
その光が街を穏やかに彩っている。
オレンジ色の化粧をほんのり施したラブホテル街の景観。
看板のネオンが一つずつ明かりを灯していく。
このラブホテルの中で、たくさんの人がセックスをしている。
この街で、多くの人が今日も、セックスをしている。
今後も変わらないであろう普遍的な営み。
みんなは幸福を感じてセックスをしているのだろうか。
それとも、寂しさを埋めるためにセックスしているのだろうか。
相手は恋人か、友達か。
それとも初対面の人か、もしくは浮気相手か。
人の数だけセックス観がある。それぞれにそれぞれの意味がある。
穴に棒を入れることに取り憑かれた人間の営みは、客観的に見たらとても滑稽だ。
でも時にそれは、美しい営みとなって輝きを放つ。
「セックス」という行為は、他の全ての価値観を取り払い、むき出しの状態となって、他者との「繋がり」を求める。むき出しになってなお「繋がり」を求めるのは不思議なことであり、だからこそ美しい。
誰もが、幸せなセックスを。
そして自分自身が、良いセックスを作り上げれることを願って。
一歩、一歩、と歩いていく。
地面を踏みしめる足の動きは、童貞だった僕よりも、力強い。
僕はセックスがわからない。
でも、それでいい。
なぜなら、わからないからこそ人は学び、至福を得ることができるから。
夕日が水平線に沈む。
ラブホ街を抜けると、たくさんの男女が、楽しそうに手を繋いで歩いていた。
※次回、ついに最終章↓↓
「それ、まじ最悪じゃない?」「セックスしたいだけじゃんか」「絶対別れた方がいいよ!」大学生のたくさんいる飲み屋はうるさいけど居心地がいい。通っている大学から徒歩で行ける居酒屋に、仲の良い3人の女友達と来た。居酒屋に来るのは久しぶりだった。
(文=隔たり)