ナツナは何も言わずに私の向かいに座ると、目を合わそうともせずにメニューからコーヒーを注文した。
明らかに機嫌が悪いのがわかり、私のことが気に入らなかったのだなと思った。50歳といえば、彼女の親と同じくらいの年齢。期待をしていたのかもしれないが、会ってみてガッカリしたのだろう。それだったらお茶だけして、帰してあげるのがいいかなと考えていた。
メールのやり取りくらいしかナツナについて知らなかったので、私は必死で話題を探し、彼女に話しかけた。しかし彼女はむすっと不機嫌な表情を見せ、顔を上げずに「うん」「いいえ」と小さな声で返事をするだけ。話題もなくなってしまったので、仕方なく言った。
「来てもらったのに、期待はずれだったみたいで、ごめんね。あまり気分が乗らないようなら帰ろうか」
すると、ナツナは顔を上げて私のことをキッと睨み、泣きそうな表情になった。
「だって、最初にホテルに行くって約束したのに、こんなお店に連れて来るんだもん」
「えっ?」
私はナツナの緊張をほぐそうと、良かれと思ってカフェに連れてきた。だが、彼女の方は私が自分ことを気に入らなかったからお茶だけして帰そうとしていると勘違いしたらしい。決死の覚悟で会いに来たのに、乙女心を踏みにじられたとオカンムリのようだった。
「いやいや、ホテルには後でちゃんと行くから」
「たけしさん、約束やぶった」
「こんな可愛い子が一緒にホテルに行きたいって言ってるのに断るわけがないじゃない」
あたふたしながらナツナの機嫌をとる。こんな年末の夜に、娘みたいな年齢の女の子相手に何をやっているのか。だんだんバカらしくなってきたが、必死で会話をつなごうと話をふる。
「でもすごいよねぇ、国立の理系学部だなんて」
「一浪してますから」
とナツナは不機嫌に言う。
「いやいや、一浪してたって国立の理系に受かるなんてものすごいよ。すごく勉強したんじゃない?」
「そんなことないですけど…」
「私も○×高っていう進学校だったから、都内にある国立の理系に入る難しさはわかるよ。すごいよ」
焦っていたので、言わなくてもいい自分の個人情報を披露してしまった。だが、ナツナの表情がパッと変わった。
「えっ、ウソ、○×高なんですか? ホントに? あたしもですよ」
「えー、ホントに? ○△県の?」
「そうです、あたし○組でした」
信じられない話だが、彼女は私が卒業した地方高校の後輩だった。出会い系サイトで知り合って初対面なのに、出身高校が同じということで一瞬で距離が縮まった。
「えーっ、信じられない」
「私も信じられないけど、ウソじゃないよ」
いろいろ話をすると、どうやら本当に高校の先輩後輩だとわかった。その後は地元の話で盛り上がり、いま通ってる大学名や学部も気やすく話してくれた。
「いや、なんかゴメンね、ナツナちゃんが期待してくれたのにこんな感じで」
「たけしさんだって、K大の○×学部に現役で入ったんだから、たいしたものですよ」
「まあねぇ、大昔の話だけどねぇ」
機嫌が直ると、ナツナの顔には笑顔が浮かぶようになり、年相応の可愛らしい女の子になった。
ナツナは気負わなくなったからか、何も聞いていないのに自分のことを話し始めた。