――監督の段取りの速さに感動するあたりは、助監督出身の女優ですね。助監督はどのくらい務めていたんですか?
行平:2年間ほどです。大学時代は映画サークルに入っていて、監督とキャストを兼ねていたんです。それで女優志望だったこともあり、大学卒業後はプロの映画の現場に携わりたい、俳優の仕事に近いところにいたいと思い、フリーの助監督をしていました。最初の一本は映画でしたが、後はプロモーションビデオやCMの撮影現場などが多かったですね。助監督時代は大変でした。私ひとりしか助監督がいない現場もけっこうあったんです。いきなり香盤表(出演者の出番を記したタイムテーブル)を書かされ、「こんな香盤じゃ、だめだ!」と監督に怒られたりしましたね(苦笑)。経済的にも厳しかったです。1か月25日間くらい働いていて、月収5万円でした。携帯電話の料金を払ったら、手持ちのお金はほとんど消えてしまいました。撮影期間中は現場でおにぎりなどを食べることができたので、何とかなりましたけど…。
――助監督から、絵コンテライターに転身。そして女優に。
行平:はい。コンテが描けない監督やコンテを描いても他のスタッフにまるで伝わらない監督もいたので、イラストが得意だった私が代わりに描くことになったんです。助監督の後、しばらく絵コンテライターを続けていたときに、今の事務所にお世話になることになり、女優としての仕事も始めることになったんです。
――『ご主人様と呼ばせてください』は、女優として賭けるものがあったわけですね。
行平:自分の持っているものを全て賭けるつもりでした。でも、城定監督をはじめ、スタッフのみなさんは優しくて、また目黒役を演じた毎熊克哉さんは事務所の先輩ということもあって、頼りがいがありました。私が緊張しているときは、毎熊さんが優しくリードしてくれました。目黒は「前に一度会ったことありませんか?」と女性に声を掛けて近づくんですが、普通はそんなことを言われたら警戒するはずなのに、目黒役の毎熊さんが魅力的なので、ついつい引き込まれてしまうんです(笑)。信頼できる監督や俳優さんと一緒に仕事ができて、楽しかったですね。