昭和7年(1932)5月8日、大阪でエロ写真を密造販売していた連中が捕まった。
事件を報じた「大阪朝日新聞」の記事によれば、まず28歳の男が20代の女性に5円のモデル料を払ってスタジオで写真を撮影。プリントした写真を何枚かまとめ、1組35銭で5人の売人に卸す。それを売人たちが1組3円で売りさばいていたというのが事件の概要である。
当時、サラリーマンの平均月収が約90円。1円ちょっとあれば白米10キロが買えた時代である。3円といえば、当時としては安くはない金額だ。
明治から戦後、そしてつい最近まで、ワイセツな画像は相応の儲けが見込まれるもの、つまり「カネになる」ネタであった。それゆえ、春画やワイセツ写真、ワイセツ絵葉書などをの製造販売が検挙される事件はいくつも起きていることはいうまでもなかろう。
そして、この昭和7年の事件では、写真のモデルとしてホームレスの女性を使っていた。
事件が発覚した当時、貧困が大きな社会問題となっていた。折からの不況によって、一家心中や行き倒れ、身売りされる女性などが急増。また、欠食児童と呼ばれる、貧困が原因で満足に食事を取ることができない子供たちが全国で20万人にも及ぶといわれた。ホームレスになる女性も、珍しくはなかったと推測できる。