※画像:「大阪朝日新聞」昭和5年8月22日
理由はともあれ、建物の中で爆薬に火をつけるとは言語道断であるし、何よりもまったく無関係で巻き添えとなった娼妓が気の毒でならない。
さて、ダイナマイトを使った自殺や事件は、戦前には何度も起きている。たとえば、大正10年12月には、大阪の松島遊郭で24歳男性が25歳の娼妓と無理心中を図っている。この時には、幸いにも一命を取り留めたものの、双方ともかなりの重傷を負っている。
当時は、鉱山や炭鉱などの産業が盛んで、そうした現場で使用されるダイナマイトが、持ち出されたり転売されたりするケースがしばしばあったようだ。なかには、爆薬が落し物として交番に届けられたり、軍関係者が自宅に持ち帰ったのを忘れてしまい、後になって家族が見つけて大騒ぎになったというケースもあったという。
(文=橋本玉泉)