木賃宿とは料金の安い簡易宿泊施設で、男はここに寝泊りしながら仕事をする生活を続けていた。
その翌日も、男は少女と一緒に朝食をとり、その後で用事で彼女を置いてしばらく出かけた。そして、朝8時頃に戻ると、室内には少女の姿がなかった。変だなと思った次の瞬間、いつも腹に仕舞っている、全財産730円が入った財布がなくなっていることに気づいた。
状況から、安心している時に気を許した少女にすり取られたとしか考えられなかった。男性はすぐに警察に届け出た。
調べを進めると、少女の身元はすぐにわかった。「浅草界隈に巣食ふ不良少女の団長で末恐ろしいすご腕の」、三河島に住む15歳の少女であった。
彼女率いる少女ギャングのメンバーたちは、浅草公園で「爪を磨ぎすまして」、カモの男性を待ち構えている。そして、同様の手口で多くの男性が現金を騙し取られたり、盗まれたりしているのだという。
明治から昭和初期にかけて、こうした10代少女のギャング団は、そう珍しいことではない。新聞をさらりとめくっただけで、詐欺に窃盗、脅迫に暴行傷害、さらに淫行など、大人顔負けのバイオレンスな犯罪を繰り返していた少女の集団犯罪のニュースはゴロゴロと見つかる。強くて激しい少女たちというのは、ずっと以前からいたのである。
(文=橋本玉泉)