――淡い乙女心がスタートだったのか。
CHARLES:なんか照れますね(笑)。でも、動画を見た瞬間は「格好いい!」って思いました。MCバトルとか見たときは、単純に「これはすごい!」って。それで「サイファー」っていうのがあることを知って、絶対行きたいって思ったんです。そのころはまだ10代だったから、クラブとかにも行けないですしね。最初に行ったのは「原宿サイファー」だったかな。2014年の1月とかだったと思います。ネットでいろいろ調べて見つけたんですよ。
――いきなりサイファーの輪に飛び込んだワケだ。
CHARLES:すっごく緊張しました(笑)。っていうかほとんど声が出ない。そんな感覚初めてでした。でも、とにかく刺激的で「早く自分も歌いたい」っていう気持ちが強まりましたね。そのときACEさんに声をかけてもらって、ラップイベントとかに顔を出すようになったんです。
――そもそもサイファーっていうのは、ラッパーたちがフリースタイルを披露する輪のことだと思うんですけど、渋谷サイファーっていうのはユニットみたいな感じなのかな。
CHARLES:ユニットって言われるとちょっと違うかも。普通のサイファーはラッパー同士のもので、スキルの高め合いやトレーニングだったり、会話の延長だったりしますけど、渋谷サイファーはもうちょっと幅広い。ドラマーやギタリストもいて、周りに観てくれる人がいて路上ライブっていう側面が強いかな。お客さんが飛び入りで参加することもありましたね。だからサイファーとはまったく別物とも言える。たぶん、ほかのラッパーさんたちは「おいおい意味違うだろ」って言ってると思う(笑)。でも、それでいいかな、と。ごちゃごちゃした感じは、まさに渋谷サイファーの持ち味ですからね(笑)。
――渋谷サイファーの成り立ちが気になるところですが…。
CHARLES:それはACEさんに聞いた方が早いかも。
実は、このインタビューには渋谷サイファーを牽引するACEも同席していた。そこで活動の原点について話を聞いてみることに。
ACE:もともと渋谷には「ハチ公前サイファー」っていうのがあって、そこに俺がサイファーしに行ったんです。14年の秋くらいだったかな。そしたらけっこう人が集まってくれた。それで夜になって場所移動することになって、TSUTAYA前に行ったんですよ。そこにいたのがドラマーのレルレさん(レルレ・カワグチ氏)だったんです。思い切り路上で叩いてましたね。
で、そのビートに合わせてフリースタイルやったら面白そうだなって。スピーカーとマイクセッティングして、ラップで入っていったんです。それがきっかけ。そこからレルレさんと連絡取り合うようになって「またやろう」って感じ。当時は定期的に路上に出てて、徐々に渋谷サイファーって呼ばれるようになった。まあ、今ではもうできなくなっちゃいましたけどね。人が集まりすぎちゃって怒られちゃう(笑)。だから、今は自分たちで企画したイベントとか、よそにお邪魔してるって感じですね。