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その事件が起きたのは、明治26年(1983)5月25日、雨の降る深夜のことだった。
午後11時過ぎのこと、大阪府河内赤坂村字水分(現・南河内郡千早赤坂村)の農業・松永伝次郎(50)の自宅の戸口に銃弾が打ち込まれるような激しい音がとどろいた。
驚いた伝次郎氏が外に出ると、いきなり暴漢に襲われ刃物のようなもので切りつけられた。伝次郎は右手に傷を負いつつもその場から逃げ、裏手にある竹やぶに身を隠した。そして、近所の住民に事情を話して一緒に自宅に戻ろうとした。
ところが、自宅のほうを見てみると、放火されたらしく煙が立ち上っている。しかも、「騒ぐと殺すぞ!」などという暴漢たちのわめき声すら聞こえてくる。
これには伝次郎や住民たちも恐れて近づくことができなかった。
それから2時間ほど経った後、事情を聞いて集まった大勢の住民とともに伝次郎が現場である自宅に戻ってみると、そこには直視できない光景が残されていた。