<第一回 古代編>

【日本の風俗発祥に迫る】 風俗嬢の起源は巫女だった!? 


 奈良時代に入ると「遊行女婦(うかれめ)」という巫女が現れる。彼女たちは地方を巡り、役人や旅人を相手に売春をするようになった。彼女たちはさしずめ温泉旅館のコンパニオンのような役割を果たした。宴席で舞いを踊り、殿方を楽しませたあと、床に入り夜を供にしたのである。伝わるところによると、一夜の値段は穀一升か布五尺。現在の価格に換算するとギャラは約10万円といったところ。こうした「遊行女婦(うかれめ)」は一説によると、全国に数千から1万人ほどいたといわれている。女性にとっても憧れの職業だったようだ。

 このような売春を生業とする巫女たちは、平安時代に入ると、旅をしなくなり土着するようになった。おもに大きな神社のそばに『遊里』と呼ばれる風俗街を形成。平安後期の学者・大江匡房は『遊女記』などで、その盛況ぶりを記している。この頃から「遊女」と呼ばれるようになり、より風俗嬢らしい呼び名が登場してくる。ただし、風俗街が神社のそばに置かれたのは、まだ神との交流という意味合いが強かったからだ。いわば売春は神事に近かったのである。

 古代の欧米諸国では、おもに売春を行なうのが奴隷であったのに対し、日本では巫女が担ってきた。こうした違いには宗教的な考え方の違いが多分にある。売春=悪という図式は非常に西洋的だ。ましてや風俗の防止が女性解放に繋がるというのは、日本古来の文化や歴史を踏まえれば、偏った見方にすぎないということがわかるだろう。

 次回は鎌倉時代以降の風俗を概観していきたい。幕府公認の遊女の集団が登場し、ニッポンの風俗が大きく花開く時代である。武断政治へと世が傾くなか、遊女たちはどのようにして活躍したのか。その真相を探っていこう。
(文=中河原みゆき)

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