これで終わりならよかったのだが、怒ったのはお梅の父親である。「常太郎のやつに嫌な思いを味あわせてやらないと、とても気がすまない」とばかりに、娘の婚礼は盛大に行うと周囲に公言するようになった。常太郎へのあてつけである。
この話を耳にした常太郎はまたも激怒。
「俺をそこまでバカにするとは、オヤジも娘も許さん!」
そして、お梅の家に怒鳴り込むと、彼女と父親に持参したナイフで切りつけてケガを負わせ、そのまま逃走した。
もちろん、これがただで済むはずはない。お梅の婚約者が警察に訴え、ほどなく常太郎は逮捕された。お梅と父親は負傷したものの、命に別状はなかったようである。しかし、常太郎が殺意をもって2人を襲ったことは明らかだった。
明治や大正の頃に起きた事件のなかには、教師や生徒、学生が関係するものが実に多い。時々、「昔は先生も生徒も真面目で…」なんていう人がいるが、それこそ何も知らない人の思い込みである。「女教師と生徒」なんていうケースだって、ちょっと探せばいくらでも出てくる。官能小説のネタになりそうなものは、いくらでも起きていた。まつに、事実は小説よりも奇なりである。
(文=橋本玉泉)