困ったのは軍医学校の技官たちである。「女性の性欲を処理する器具を開発せよ」と命じられても、どう手をつけてよいかわからない。実は日本には江戸時代から張型やりんの玉といった女性用のマスターベーション器具が考案されていた。しかし、マジメな役人である軍医学校の技官が、そんなものを知るはずもない。こうした「公務員の無意味で融通が聞かないマジメさ」は、現在でも引き継がれている。
だが、幸いにも警察庁に参考になる「物品」があることがわかった。昭和8年のこと、違法業者の摘発によって取得したもので、「参考品」として保管しているものがあった。それは、男性自身に似せて作ったエボナイト製(※)の玩具で、細かな振動が発生するよう細工されたものだった。いうまでもなく、現在の「女性用バイブ」と同様のものであった。
(※エボナイト:硬質ゴム。外観が黒檀(ebony)に似ていることからエボナイト)
そこで、軍医学校の技官たちはこれを参考に、形状、性能ともに極めて優れた試作品を開発することに成功したという。あとは量産品を生産するだけの運びとなった。
ところが、軍部の偉い人たちは大きな問題があることに、この段階になってようやく気づいた。この「器具」が必要な女性を、どうやって特定するかである。出征軍人や戦災未亡人のすべてに配布するわけにもいかない。さりとて、モノがモノだけに希望者を募るわけにもいかない。この点が、いかにも日本の役所である。
結局、この試作品が量産されることはなく、計画そのものが空中分解して終わったわけである。その際の資料や資産品は、日の目を見ることなく処分されてしまったらしい。
このほかにも、当局が国民、庶民の「性」をコントロールしようとして、あえなく失敗したケースは数多い。機会があれば、そのいくつかをまたご紹介申し上げたい。
(文=橋本玉泉)