その取材を終えた後、正式なインタビューの場を設け、電話やメールでもやりとりを重ねました。出版社から依頼されたわけでもなければ、どうやって形にしたらいいのかもわからないまま、ここまで必死にAV女優の輪郭を辿ったことは初めてでした。
彼女は私の耳に夢中で言葉を注ぎ、私は夢中でそれを綴り、枕元のスマホにどうして世に発表しようかと思案する日々が始まり、やっとこうして形を持つに至ったのです。
そして、その取材の中で、私の心を打ち抜いた強烈な一言。それが冒頭に示した言葉です。それは、こんな質問から発せられた彼女の回答でした。
──チャリティ活動を通じて、ファンの方からのメッセージなどで印象に残っている言葉は?
「何言われたかな~。一生懸命すぎてよく覚えてないんですよ。印象に残っているのはむしろ自分の発言ですね。ピンク映画を上映している上野オークラで舞台挨拶させて貰った時、チャリティー活動のことも話していいと言われてダウンロード写真集の事をお知らせさせて貰ったんです。その時にたくさんの方から『凄いね』という言葉を頂いたんですけど、その時私はこう言ったんです。『私に対しての称賛の言葉なんて1円にもならないから、ダウンロードして買って下さい』って。それを客席でから聞いていた女優仲間の村上涼子さんに『私はそんなこと言えないよ』って言われて。私って伝えることがヘタだから、誤解されちゃうこともあるんですけど、私の事を褒めて貰っても何にもならないって本当に思ったから…」
同情するなら金をくれ。まさにその心境だったと、彼女は真剣な目で笑いました。
写真集の構想が浮かび、幾人かの女優やカメラマンを説得して撮影を行ったのが3月19日だったと言います。パソコンの技術などさほど持っていなかった彼女が苦労しながら手配を進め、ネット上での販売が開始したのはその3日後。モデルとなる女優もカメラマンもノーギャラに賛同してくれたと言います。また今だから言えるけれど『芸能人でもあるまいし、誰が買ってくれるの?』と鼻から相手にしてくれなかった女優仲間もいたことも教えてくれました。
「まず衝撃が大きすぎたというのがあってみんな戸惑ったと思うんです。でもね、電話も通じない、メールもできないという状況になった時に、ツイッターだけはいきていたんですよ。そこでフォロワーさんがお互いに無事を確認しだしまして、私もAV女優ではありながらも小さなコミュニティーを形成している軸になっているんだと自覚したんです。そこで、私一人ではたいしたことはできないけれど、みんなで何かできないかと考えはじめて、クオリティの高い写真集を販売すれば、ファンの方々も後ろめたさもなく、楽しんで募金活動に参加できるんじゃないかと思ったんです」
その言葉通り、写真のクオリティは非常に高いものばかり。このような形になったのは、自由な表現をしたいと願っていたカメラマンのクリエイター魂と、自由に表現する場を持ちたいと願っていた女優の想いが重なった結果だったと彼女は力説しました。
「当時は、私が被災地に行かないことを批判していた人もいたらしいです。でも、私が炊き出しを行ったとしても微力に過ぎません。それより、人の『生』と切っても切り離せない『性』にまつわる仕事をする者として活動をすれば、もっと大きな手助けをできると考えたんです。現地では性犯罪がかなり起きていたと報道されていましたよね。さすがに現場に行ってセックスの相手はできませんが、より多くの募金を呼びかけることはできますから」
こうして約2年の活動を経て集まった募金総額は150万弱。国が投じた20兆を超える復興予算をもってしても、未だに失われた町が蘇ってはいない現実を考えれば、その金額にどれだけの影響力があったのかは分かりません。
ただこれだけは言えます。震災直後のAV界は自粛ムード一色。撮影を控えるメーカーさえあったその同じ1日の中で、彼女は批判覚悟で写真集撮影を行いました。その行為を、うろたえる男達の真ん中、裸になることも厭わず、迷える市民を先導したジャンヌ・ダルクと重ねてみたっていいじゃないって。
今、様々な葛藤から解き放たれた彼女に最後の質問をしました。
──あなたにとって自由とは?
「自由って自分次第、あなた次第、私次第。満たされている自由に感謝。AV女優って女優である限りは自由ではないんですよね。だから自由は、引退した後に実感したものなんです。それまで悩んでいたことや捕われていたことが、いつのまにかふわっとなくなっていて、これが自由なんだって…ウフフ」
冬の日の午後はあまりにも短くて、3杯目のコーヒーには間に合いませんでしたが、手を振りながら駅までかけていくあなたの背中を見つめながら、こんなフレーズが浮かびました。
『例えるならあなたは夢着るヌーディスト』
写真集の発売を迎える日まで、あなたは中森玲子でありつづけるのでしょう。それでも今を自由だというあなたの強さを綴るのが少し怖くて、こんなにも時間がかかってしまいました。でも私は、今度こそあなたのスピードからこぼれない策を思いついたんです。それは、2人目、3人目のあなたを探して走り出すこと!
ライター生活16年。やっと見つけた1人目のあなたに敬意を込めて。
(文責=文月みほ)
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