かつて日本各地で、「夜這い」がごく普通に行われていたことは、数々の資料によって明らかである。都市部などではすでに近世に廃れてしまっていたようだが、ほんの50~70年ほど前まではとくに珍しいものではなかったようである。その実態については、瀬川清子『若者と娘をめぐる民俗』や、赤松啓介『夜這いの民俗学・夜這いの性愛論』、森栗茂一『夜這いと近代売春』など、数々の優れた研究書が数多く刊行されているので、その気にさえなればだれでも夜這いについて詳しく知ることができる。
ところが、実際には夜這いについてはたいへん誤解されているところが非常に多い。その最も多いものが、夜這いをレイプ行為のような強引な蛮行だという勘違いである。
資料によっては、「夜這いを拒否した女性が制裁や嫌がらせを受けた」という記述や報告を見かけることもある。しかし、資料や文献をよく読んでみれば、それは女性の側に何らかの不備やルール違反があったような場合と考えられるケースが少なくない。
そもそも、夜這いは誰でも実行できるものではない。条件を満たした若年男子に対して、その地域での指導的な立場にある年長者からの指示がなければ行うことができないケースが一般的であり、さらにその土地や地域のルールが存在する。
そうした条件をすべてクリアすれば、すぐにセックスが体験できるというわけではない。それどころか、その時点ではまだスタートに過ぎない。つまり、そこから女子とコミュニケーションをとったりして、お互い納得した上で、性的交渉に発展していくのだ。
だから、そうした意思疎通がうまくいかないと、女子のほうから拒絶されてしまうことも少なくなかったようだ。その「拒絶」の実際もさまざまで、戸を閉ざしてなかに入ることができないようにされるなどというのは序の口で、落とし穴に落とされたり、水を頭からぶっかけられたり、モノを投げつけて追い返されたりするケースも珍しくなかったらしい。
そうした数々の試練を乗り越え、何度も何度もアプローチして、ようやく男女の体験を獲得していったのである。かつての日本には、そうした男女のコミュニケーションを育てる体制とシステムが、全国各地に存在していたのだ。
(文=橋本玉泉)