著:蛭子能収/ベストセラーズ
今月1日、『俺はまだ本気出してないだけ』(松竹)の実写映画版の主役が、堤真一(48)から蛭子能収(65)に変更になったというニュースが流れた。6月に公開を控える作品だが、堤が突然降板し、変わりに蛭子が抜擢されたというのだ。原作をご存知の方ならわかるだろうが、確かに主人公シズオは、中年小太りで漫画家を目指しているダメ男という設定で、まさに蛭子にぴったりの役柄。堤ファンには気の毒だが、漫画の世界観を表現するのに、人気よりリアリティを優先した関係者は思い切った英断を下したといえる。というのは、もちろんエイプリルフールのジョークで実際は堤が主演で公開を控えている。さすがにいくらシズオが蛭子にそっくりだからといって、堤の代役を蛭子が務めるということはない。
しかし、蛭子はそもそも劇団・東京乾電池の旗揚げに参画していた俳優。漫画家、ギャンブラーとしての印象が強いが、いくつものドラマや舞台に出演経験を持っている。ただ、シリアスな場面になると、仕事でもプライベートでも、つい笑ってしまうというクセがあるらしく、徐々にオファーはなくなっていったという。今では蛭子の個性を活かした特殊な役柄でもない限り、役者の仕事はほとんどないようだ。
また、蛭子の本業ともいえる彼独特のヘタウマ不条理ギャグ漫画の執筆もここ数年は少ないようで、本人も、「テレビの仕事は楽しくて、美味しい。漫画を描くというのは結構難しく面倒なもの。テレビ出演のギャラと比べても漫画の原稿料は格段に安い。私は漫画家ではあるが、毎日仕事があるわけではない」と『くらたまのえびす顔』(ゴマブックス)の中で語っている。
個性の集まりといえる芸能界の中でも、異様なキャラクターとして知られる蛭子。10日に放送されたラジオ『深夜の馬鹿力』(TBS)で、伊集院光(45)は、そんな蛭子をテレビの常識が通用しないタレントだと指摘していた。伊集院曰く、旅番組でご当地名物をすすめられても、普通にとんかつやハンバーグを食べ、スタジオ収録の番組では、眠ってしまうこともあり、それを指摘されると「そういうことはテレビでは言わないもんでしょ!」と自分が寝ていたことは棚にあげて逆ギレするという。伊集院は、まさにテレビの予定調和をいとも簡単に破壊するタレントだと話していた。
母親の葬儀に限らず、自分のファンクラブの会長やビートたけし(66)の母親の葬儀でも笑いがこらえられなかったという蛭子。本人によると、その理由は「人が死ぬと楽しい。ついおかしくなってしまう」ということらしい。まさに常識では考えられない感覚の持ち主といえる蛭子は、番組のロケ中に一般の人から観光地などを親切に教えられても「だいたいの人は嘘つきですから。信じられない」と平気で言ってしまう。いったいなぜ彼がそんな人間になってしまったのかはわからないが、蛭子能収という男は、そういう人間なのだから仕方がないだろう。そして、そんな彼の個性は、今の予定調和に過ぎるテレビバラエティ界にとっては貴重な存在ともいえる。タレントたちが小器用に何でもこなす今のバラエティを根底から覆すことができるのは蛭子しかいないのかもしれない。もっと暴走して、芸能界の破壊王として活躍してもらいたい。
(文=峯尾/http://mineoneo.exblog.jp/)
著書『松本人志は夏目漱石である!』(宝島社新書)