エモさははたして飽和しないのだろうか?
……そんなことを考えてしまったのは、BiSをめぐってほんの数ヶ月間に様々な事案が発生したせいだ。特に2012年10月3日に公開された「ASH」のビデオ・クリップに突然挿入されていた、プー・ルイとのぞしゃんによる他のメンバーへの批判から始まった流れは、メンバー内部の不和をそのままエンターテインメント化しようとしたものだったが、最終的には10月21日の赤坂BLITZでのワンマンライヴ「IDOL is DEAD Repetition」で渡辺淳之介マネージャーが謝罪するという異例の結末を呼んでしまった。「ASH」でプー・ルイがせっかくまた脱いだのに話題が逸れてしまったし、もうLINEで話し合ったほうが早かったかもしれない。
その間にも、プー・ルイとワッキーによる10月7日から8日にかけての100キロマラソン、そして10月12日のプー・ルイとユッフィーの議論の2.5Dによる生配信があり、さらにはユッフィーが脱退を示唆するブログを深夜に公開して翌朝消すなど、本気なのか小芝居なのかわからない「内部抗争」が展開された。ミッチェルが登場してこないが、何をしていたのか……という問題は脇に置いておきたい。
誰もがBiSの楽曲を聞いて、「BiSはエモい」と言う。「モエよりもエモ」というキャッチコピーも使われている。私は昨年「primal.」のリリース時に、「『アイドル』という修羅の道を進むBiSの生きざまが刻まれた『primal.』」(※https://www.menscyzo.com/2011/12/post_3356.html)で「そもそも女性アイドル自体が、多くは20歳にも満たない女の子たちの日々を消費する残酷なシステムなのだ」と書いた。それが「エモい」のだとするのなら、エモさは無限に生産できるものなのだろうか? 身体的、精神的にその上限は存在するのではないだろうか? そんなことを考えながら、一連の事態の推移を見守っていた。
そして私が常に思い出していたのは、9月23日に宮城県の女川町で開催された「おながわ秋刀魚収穫祭」でのBiSのライヴだった。大月みやこや堀内孝雄といった有名演歌~歌謡歌手が歌い、徳光和夫が司会する「復興応援!おながわ夢の歌謡ショー」と、中川敬(ソウル・フラワー・ユニオン)×リクオのライヴの間に登場することになったのがBiSだった。明らかに浮いている。
私は朝5時台に自宅を出発し、仙台駅まで東北新幹線に乗り、そこから在来線を乗り継いだ。渡波駅からバスに乗ってたどりついた女川町では、メディアで何度も見てきた基礎から倒れているビルの横を通過することになる。「おながわ秋刀魚収獲祭in日比谷公園」の公式サイト(http://onagawa-town.com/sanma/)に詳しいが、女川町は東日本大震災で甚大な津波の被害を受けた町だ。町民の10人に1人が行方不明になった町。街の83%が倒壊した町。
BiSは、「復興応援!おながわ夢の歌謡ショー」の出演者や中川敬×リクオと違い、これほど被害の大きい被災地でライヴをしたことがなかった。プー・ルイの後日のブログにも書かれていたように、自分たちが行っていいのかという戸惑いもあったという。現地に到着した研究員たちが被害の大きさに驚く声もTwitterには流れてきた。会場の女川町総合運動公園第2多目的運動場に着いたとき私もまた不安を抱えていたが、我々はいつものように馬鹿をやるしかないのだ、という覚悟もした。
そしてゲリラ豪雨が会場を襲い、「復興応援!おながわ夢の歌謡ショー」が終わる頃には会場自体が巨大な沼のような状態になっていた。ステージ担当を務めていた蒲鉾本舗高政の高橋正樹さんから後に聞いたところによると、BiSが始まる前にステージの中止も検討されていたという。しかし実行委員長が中止にしなかったのは、泥沼化したステージ前に研究員がブルーシートを運び、準備を始めていた姿を見たからだったという。
かくして始まったBiSのステージは、研究員が雨と泥にまみれながらブルーシートをスライディングするなど、研究員が日頃積み重ねてきた馬鹿馬鹿しさが遺憾なく発揮される場となった。
そしてライヴの途中で、BiSが女川町に招かれた理由として、女川さいがいエフエムに寄せられたメールがユッフィーによって読まれた。
「番組でかかっていた曲を教えてほしいです。夕方聞いていたら聞こえてきました。7時前ぐらいでした。女の子が『じゅもんじゅもん いたいいたいの飛んでこい きみの痛みがしりたい』という曲です。超可愛い曲でした。でもおじさんの車の中で聞いててすごく泣いてしまいました。友達が泣き虫の私に『痛い痛いのこっちに飛んでこーい』とよく言ってくれました。その子は津波で亡くなって、私だけ高校生になってしまいました。友達はすごく苦しかったと思う。だから今度は私が言う番です。この素敵な曲を聞かせてあげたいです。『痛い痛いのこっちに飛んでこーい』、曲名を教えてもらったら嬉しいです、よろしくお願いします。」
それがBiSの「太陽のじゅもん」だった。その日歌われた「太陽のじゅもん」は鎮魂歌であり、ふだんは黙れと言われても騒ぐような研究員たちが恒例の口上やコールを一切しないまま最後まで聴き入った。定番曲である「nerve」を封印した冒険的なセットリストや、メンバーのMCの気転の良さも素晴らしかった。帰路は研究員仲間の車に同乗させてもらったのだが、乗っていた5人が「現体制で最高のライヴ」という意見で一致した。
しかし、この日のライヴについて誰も「エモい」とは書きたてなかった。震災や津波による死は、暴力的で不条理なものだ。突然そうしたものと対峙させられて、しかし歌いきったBiSは、「エモい」という次元を超えてポップミュージックの持つ普遍的なエネルギーを体現していた。エンターテインメント化できる部類のものではないけれど、あの日の女川町でしか見られないBiSを私たちはたしかに見た。
エモい。そう言っていられるうちが平和なのではないかとも思う。言える間にたくさん言おう。
赤坂BLITZでのワンマンライヴには、友人の女の子が僕と妻と一緒に行きたいと声をかけてきてくれた。彼女は有名なアパレルブランドに勤めていて、セレブなブログを書いているような人である。その彼女が「primal.」を生で聴きたい、とわざわざチケットを買ったのだ。
そしてワンマンライヴは、偶然にも「primal.」が最初と最後を飾るという構成だった。「primal.」で一部の研究員が掲げていた「女川愛」という文字が入ったタオルは、「おながわ秋刀魚収穫祭」の際に研究員が買って「primal.」で掲げていたものだ。そのつながりに胸が熱くなった。
この日のBiSは極端にMCが少なく、アンコールまで全26曲が披露され、9曲連続で歌うパートもあるなど、これまでにない挑戦的なセットリストだった。会場には脱退したりなはむやユケの姿もあり、「YELL!!」で失われたユケの姿に対してユケ2代目TO(トップオタ)がケチャを捧げた後にダイヴする光景もエモかった。BiSの歴史の文脈に正しく乗っていて、しかも馬鹿馬鹿しい。「IDOL」のあたりでダイヴの嵐となり、何人もが積み重なって肉塊と化した姿を偶然オレンジのサイリウムが下から照らしていたのは、まるで黒魔術の儀式のようだった。悪魔に迷惑がられそうな生贄だ。
ステージ上には、エイベックスからの初めてのアルバム『IDOL is DEAD』のジャケットに使用されたギロチン台が置かれて研究員を拘束し、「IDOL is DEAD」の収録曲も披露された。『IDOL is DEAD』は、前作『Brand-new idol Society』と同様に松隈ケンタのプロデュースで、随所に生演奏を効果的に配したサウンドだ。しかし、前作にあったソウル的な要素は影を潜め、ロックへ大胆に舵を切ったアルバムになっている。「IDOL is DEAD」や「IDOL」といった、「IDOL」という文字列が曲名に入った楽曲にかぎってメタルだ。「CHELSEA」がガレージロック、大沢伸一のカヴァーの「Our Song」がシューゲイザー、「I wish I was SpecIaL」がパンク、「urge over kill of love」にはインド風のフレーズが響くなど、前作のバラエティをロックにそのままシフトして先鋭化させたかのようである。インディーズ時代の代表曲である「nerve」「My Ixxx」「primal.」も現メンバーで再録。「Our Song」のオリジナルは、エレクトロとエレキギターを軸にした「nerve」の最初のヴァージョンに近いサウンドなのだが、ここでは一転してエレキ・ギターの響きの向こうにメンバーの声が揺らぐ異色のトラックとなっている。
前述の100キロマラソンの映像を素材にして「hitoribochi」もビデオ・クリップが制作された。この映像では、本来のランナーであるプー・ルイが先にリタイアしてしまい、残ったワッキーがスーツ姿の辻本翔マネージャー(彼は元々は研究員だった)や研究員らとともに走り続ける映像がエモーショナルだ。ワッキーがビデオ・クリップの主人公になるというのはガチ勝負ならではの番狂わせだろうし、ここに記録されていない部分でも研究員が随所でUSTREAMに登場して活躍しており、強力なコンテンツとなっていた。
代表曲の現メンバーによる再録、エイベックスでのシングル曲、そして新曲と並ぶ中でも、ミッチェルが単独で作詞をした「BLEW」が耳を引く。アイドルが「決まっちゃった戻れない 普通の人になれない」と歌う衝撃。彼女が前述の2.5Dで就職活動をする意向を表明して現在のところ特に撤回されていないことを念頭に入れて聴くと複雑さな味わいが増す。
『Brand-new idol Society』が300位内にも入らなかった時代を知っている身としては、『IDOL is DEAD』がオリコンの週間アルバムランキングで30位になっただけでも充分エモいのだが、現在のBiSをめぐる環境はこの数字では許してくれないだろう。よく「特に可愛いわけでも、特に歌や踊りがうまいわけでもない」と自嘲するBiSは、裏を返せば「ほどほどに可愛くて、ほどほどに歌や踊りがうまい」ということにもなる。赤坂BLITZでのワンマンライヴでも、あの規模でBiSが現状のレベルだと「中庸なもの」として見られてしまうのではないか……という危惧を抱いた。あそこまで公然とやった内部抗争が本当に終息したのか、という不安も残る。
さて、最後に話をまた女川町に戻そう。研究員仲間と会場で帰りの準備をしているときに、地元の訛りも可愛い中学生か高校生の女の子ふたりに声をかけられた。BiSがすごく面白かったと言う。女川町でのBiSは、いわば「素」だった。素であそこまでの強さを見せつけた。現在のBiSが素で持ち合わせている能力が「IDOL is DEAD」を新たな武器にして、さらなる強みを見せつけてくれることを願わずにいられない。しかし、ショービジネスの世界はそれだけでは済まないことも知っている。現場に行けば楽しいが、冷静に考えるとBiSがどこまで突き進めるのか不安もあり、そのリアルタイム感こそがBiSの魅力でもあるというパラドックスにも陥る。この私の感情がすべて仕掛けられた通りに動いているだけであればいいのに、と思う。
エモさははたして消費し尽くされないのだろうか?
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