【アイドル音楽評~私を生まれ変わらせてくれるアイドルを求めて~ 第35回】

「アイドル」という修羅の道を進むBiSの生きざまが刻まれた「primal.」

bis_primal1222.jpg※画像:左、初回限定盤DVD付 『primal.』、右、通常版「primal.」/BiS

 BiSの全国流通盤としてはセカンド・シングルになる「primal.」の発売前日である2011年12月20日に、リキッドルームでワンマンライヴ「IDOL is DEAD」が開催された。その日が近付くにつれて、「DEAD」という言葉に「研究員」と呼ばれるヲタたちは敏感になっていた。そこで本当にBiSは終わってしまうのではないか、終わりを告げるのではないか、と。しかし、予想外の展開によってBiSはまだまだ目が離せない存在になってしまった。

 「IDOL is DEAD」といっても、それがThe Smithsの「The Queen Is Dead」の引用であることは明らかだった。そもそも、4月24日のワンマンライヴ「God save the BiS」はSex Pistols の「God Save The Queen」、7月9日のワンマンライヴ「NEVER MIND THE BiS」はSex Pistolsの「Never Mind the Bollocks, Here’s the Sex Pistols」の引用だ。元ネタがSex PistolsからThe Smithsに変わっただけに過ぎない。しかし、ヲタの雰囲気が変わったのは、後述する「primal.」のビデオ・クリップがあまりにも「終焉」を感じさせる作品だったことにもよる。

 そして当日。会場を狭く仕切って使うこともなく、驚くほどの人々が会場を埋めていた。今年ライヴやCDのリリースを始めたばかりのグループが、生き急ぐかのようにリキッドルームでライヴを開催したというのに。

 そしてBiSは1曲歌った後のMCで、あっさりユケの脱退を発表した。「今のことは忘れてライヴを最後まで楽しんでください」という主旨の発言をユケがしたものの、忘れられるわけがない。BiSからの脱退は、りなはむに続いて2人目で、最初の約1年でオリジナル・メンバー4人のうち半分が脱退してしまうのだ。

 アイドルが目標を掲げて、それを達成するとき、そのタイミングでヲタが大量に離脱してしまうことがある。BiSに関してもそれが心配されていた。しかし結果的には、皮肉にもBiSはユケの脱退をもってリキッドルームで危惧された「ストーリー性の終了」を回避することになってしまった。

 アンコールでは、BiSに残るプー・ルイ、のんちゃん、ユッフィーが、ユケには「オフ」だと言って3人だけで練習したという新曲を披露した。その事実を知らずに、ユケはステージ袖で泣いていたという。それは残酷であると同時に、非常にBiSらしかった。

 BiSは活動についての裁量がある程度はメンバーに与えられており、そのぶん感情の起伏がヲタに透けて見えてしまう。そうした部分も含めて、BiSはメンバーの生きざまそのものが消費される。だから私は熱狂してきたけれど、それはいわゆる普通の「アイドル」よりも残酷であるとも言える。しかし、そもそも女性アイドル自体が、多くは20歳にも満たない女の子たちの日々を消費する残酷なシステムなのだ。

 激しいモッシュに加えて、雨あられのように降ってくるダイヴを受け止めながら、フロアの最前部で私はそんなことを考えていた。熱狂しきれずに、どうしても細切れのように、ハッと冷静になってしまうのだ。ニュー・シングルの収録曲のダンスも、ユケはせっかく覚えたのに何度か披露したら終わりなのだ……。女の子も次々に頭上に転がってくるし、私が確認した限りでは一番多い時には3人が同時にダイヴしていた。一番ダイヴが激しかったのが、チャゲ&飛鳥のカヴァーである「YAH YAH YAH」というのにはさすがに笑ったが。脱退という事実の衝撃と、その反動のような熱狂。「DEAD」というよりは、「生」が渦巻いているような空間だった。

 
 8月にリリースされた「My Ixxx」がBiSからりなはむへの離別の歌なら、「primal.」はユケとの別れをひかえたBiSによる歌であるかのようだ。YouTubeでビデオ・クリップのサムネイルだけ見たらグロ動画のようで、Tyler, The Creatorの「Yonkers」並みに警戒してしまうかもしれない。

 「My Ixxx」と同じく丹羽貴幸/浅井一仁監督作品である「primal.」では、使われている画面はほぼ正方形。冒頭から幼児時代のプー・ルイと若き日の彼女の両親が登場し、続いて誰ともわからない男女の性交の光景が挿入され、ベッドの上でもの想いにふけるプー・ルイの姿へと展開していく。この時間軸の突き進み方は凶悪なほどだ。そしてメンバーたちの傷、傷、傷。しかしこれは特殊メイクだ。また、グロかと思いきや、歌っている口内にカメラを突っ込んでいる。さらに映像は、2ちゃんねるの書き込み、流出プリクラ、便器に向かって嘔吐するプー・ルイの姿、メンバーのサーモグラフィーと、次第に虚実がはっきりしなくなっていく。終盤では、プー・ルイの幼い頃の映像が立て続けに流れて終わる。ひたすらに露悪的であり、生々しい。それなのに感動的で、だからこそ美しい終焉すらヲタに予感させたのだ。

 「primal.」のビデオ・クリップが公開される前日、YouTubeの丹羽貴幸のチャンネルでは、なぜか医療用の膣内の動画を高く評価していた。それは意図的に元ネタを示したのだろう。また、2回挿入される性交の動画が本物であるならば、アイドルのビデオ・クリップにハメ撮りが使われるなど前代未聞だ。しかし、こうしたことは「primal.」のビデオ・クリップの前では些事でしかない。フェイクと本物を同列に並べて、それを容赦なくたたみかけることこそがこの映像の本質なのだから。

 ビデオ・クリップよりも先に「primal.」の音源だけを聴いた時点でも、すでに胸を揺さぶられた。イントロからギターがうなり、意表を突いて朴訥とした歌い出しで始まるものの、次第に熱がこもっていき、Bメロの最後ではユッフィーが強く歌いあげる。「透明な心を白で汚したんだ / 来年のことより今を信じたいんだ」「見えない 聞かない / 感じないふりして 泣いたりしたけど」――そんなBiS自身による歌詞が、メロディーやサウンドとズレることなく合致して、異様にエモーショナルな楽曲を生み出した。それはプロデューサーであるSCRAMBLESの松隈ケンタの手腕はもちろんのこと、前述のように生きざまが見えすぎてしまうBiSという存在があってこそ生み出せた作品なのだ。アイドルとしてもアーティストとしても違和感を孕む、BiSという異端の存在だからこその楽曲だ。

 レコード針のノイズで始まる「eat it」は、よりメロディーのクセが強い、「NAONのYAON」にも出られそうなシャウトしまくるロック・ナンバー。初回限定盤に収録されている「ウサギプラネット」も、通常盤に収録されている「KFC」も、ともにミィディアム・ナンバーで、特に後者のサックスやオルガンが響くジャジーなサウンドは贅沢だ。ヴォーカルもこれまでになく柔らかでせつない。そしてストレートに攻めるチャゲ&飛鳥の「YAH YAH YAH」。「primal.(Alien Rabbitz Remix)」では、90年代っぽいキーボードの音色を多用した、アーバンなトラックに「primal.」が変貌してしまっている。

 リキッドルームでのライヴの最後、アンコールが終わっても悲痛なほど長くて激しいユケへのコールが続いていた。ユケのヲタたちが着ていたのは、11月のユケ生誕祭のTシャツだ。そう、はっきり書けば、コアなヲタの間では、最近のインタビューや現場の様子から、ユケの脱退は察知されていたのだ。BiSは、それが透けて見えてしまうグループなのだ。私たちは、目を腫らして泣きじゃくるユケが再びステージに登場するのを見ることになる。

 終演後のユケのブログには「今回卒業を決めた理由は、BiSが進むところに自分の気持ちがついていかなくなってしまったというとこです」とはっきり記されていた。もう彼女はアイドルとして演技をする必要はない。そして、彼女がアイドルとして演技をしていることに気づきながら、アイドルとして扱っていた私たちの受容の残酷さもまた再認識させられることになった。

 しかしその夜、TBSの『ライブB』にはBiSが「primal.」で登場。サビで両手を上げて、完全に口からマイクが離れているのに歌が流れている、という奇異な振り付けが放送された。やっとここまできたのに、約1年で2人目の脱退。BiSを始めたプー・ルイが続けるなら、それがBiSであるという覚悟もさせられた。想像したくないが、たとえ私の推しであるのんちゃんが脱退する事態になったとしても。

 ここまできたら、もはや今後のBiSは「アイドル」であることにエクスキューズを付けられない状態のまま駆け抜けることになるだろう。BiSに残る3人を待つのは、アイドルという修羅の道だ。

 もちろんこのまま最後まで見守る私の覚悟は変わらない。ただ変わったのは、「次に抜けるのは誰か」と考えずにBiSを見ることができなくなったこと、それだけだ。

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