過去の新聞報道を見ていると、現在とは感覚が異なるというか、時代を感じさせるような記事が目につくことがある。
昭和初期、新聞の社会面などを見ると、「キッス泥棒」とか「キッス強盗」といった報道記事が見つかる。それも、かなり頻繁に報じられているので、この頃にはそうした乱行が頻繁に行われたのではないかと思われる。
この「キッス強盗」の手口は割と単純で、要するに男が女性に無理やりキスを強要して逃走する、ただそれだけの犯行である。
ただし、その犯行の詳細になるとさまざまで、いきなり見知らぬ男がキスしてきて逃げることもあれば、最初は「カネを払うからキスさせろ」と迫り、女性が断ると強引にキスする者もいる。昭和6年8月に東京で起きたキス強盗は「5銭払う」と言ってキスを要求したという。まだ新卒社員の初任給が40円から50円。10円出せば一軒家を借りることができた時代である。カレーライスやコーヒーが都内で10銭程度だったので、5銭というとだいたい現在の300円程度だろうか。
中には女性に刃物を突きつけ「キスさせろ。さもないと刺すぞ」と脅すケースまである。そこまでして女性とキスしたいのかと怪しんでしまうが、実際にそうした事件も複数報道されている。
さて、このキス強盗だが、犯人が捕まっているケースもある。昭和6年8月に大阪で起きた事件では、被害者女性が犯行後すぐに犯人を追いかけながら、「キス強盗です。捕まえてください!」と連呼したため通行人が協力して取り押さえ、交番に突き出したと報じられている。
ほかにも被害女性が「キス強盗に会いました」と警察に駆け込んでいることも多いようであるから、それなりの犯罪行為として認知されていたのではないかと思われる。ただし、どのような罪状なのか、どの程度処罰されたのかなどは、新聞の記事からは不明である。現在で考えるなら、軽犯罪法違反か刑法の強制わいせつ、または自治体の迷惑防止条例違反あたりになるであろうか。
報道を見ると、犯人はほとんどが20代の若い男で、逮捕されたケースではその動機は「若い女性を見てつい……」といった衝動的犯行が目立つものの、あらかじめ刃物を用意して犯行に及ぶケースも記事になっていることから、計画的な常習犯もいたかもしれない。
犯人は女性がとっさに鳴らしたベルの音に驚いて逃げた。
キス犯の多くは臆病な男性が多いようだ
一方、昭和5年9月には「キスを売り歩く」女性が登場。まず横浜に住む19歳の女性が、都心に移動しながらその途上で「お兄さん、キスしない?」などと営業していたという。ちなみに、キス1回につき50銭。現在の値段になおして2,500円から3,000円といったところか。さらに銀座にも同様の女性が出没。やはり1回50銭でキスさせていたとのこと。
何とものんきな話題のようだが、社会には緊張感が広がっていた。昭和4年に起こった世界恐慌によって日本でも不況が深刻化し、昭和6年には満州事変が勃発。そして日本は戦争へと進んでいく。暗く厳しい時代が訪れようとしていた頃であった。
(文=橋本玉泉)
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