漫画やアニメに対する規制はどこまで進むのか

 東京都の青少年健全育成条例改正案が、昨年12月15日に可決、今年の7月1日から施行された。問題とされる部分は何箇所かある。その中でも判断の根拠が示されているのが第7条と第8条。

(第7条 部分)
第7条
次の各号のいずれかに該当すると認めるときは、(中略)青少年に販売し、領布し、若しくは貸し付け、又は観覧させないように努めなければならない。

一 青少年に対し、性的感情を刺激し、残虐性を助長し、又は自殺若しくは犯罪を誘発し、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあるもの
二 漫画、アニメーションその他の画像(実写を除く。)で刑罰規定に触れる性交若しくは性交類似行為又は婚姻を禁止されている近親者間における性交若しくは性交類似行為を不当に賛美し又は誇張するように、描写し又は表現することにより、青少年の性に関する健全な判断能力の形成を妨げ、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあるもの

(第8条 部分)
知事は、次に掲げるものを青少年の健全な育成を阻害するものとして指定することができる。

一 青少年に対し、著しく性的感情を刺激し、甚だしく残虐性を助長し、又は著しく自殺若しくは犯罪を誘発するもの
二 強姦等の著しく社会規範に反する性交又は性交類似行為を、著しく不当に賛美し又は誇張するように、描写し又は表現することにより、青少年の性に関する健全な判断能力の形成を著しく妨げるもの

 文章を見ると「もっともだ」と思うかもしれない。しかしスピード違反のように”時速○キロメートルで違反”と基準が明確に決まっているわけではない。第7条によって、出版社が成人指定の表示をつけたり、販売店がコーナーを区切ったり、包装するなどしたりして、18歳未満が購入できないようにすることになる。一方で各々のコンテンツが「第8条に掲げるもの」になるかどうかは、”その人”の判断次第となるだろう。

 ”その人”の大まかな手順は以下の通り。

1.書店などの成人コーナー以外の売り場から毎月130冊前後を購入する
2.その中から諮問候補を選び自主規制団体に対して意見を聞く
3.自主規制団体の意見を添えて青少年健全育成審議会に諮問する
4.審議会の答申(基本的に多数決)を基に知事が不健全図書類に指定する


 つまり”その人”は”購入する人(もしくは購入対象を選ぶ人)””諮問候補を選ぶ人””自主規制団体””青少年健全育成審議会””都知事”が当てはまるだろう。ただし最後の”都知事”は、答申を基にそのまま指定する可能性が高く、また”自主規制団体”の意見は添えられるに過ぎず、判断と言うわけにはいかない。つまりそれ以外の3者のフィルターをくぐり抜けたものが、不健全なものに該当することになるとした方が妥当である。

 青少年健全育成審議会の委員は以下のように定められている。

1.業界関係者3人以内
2.公立学校のPTA関係者3人以内
3.学識経験者8人以内
4.行政機関職員3人以内
5.東京都職員3人以内

 こちらも一見して「ああ、公正だな」と思うかもしれないが、つまるところ選出するのは都である。”行政機関職員””東京都職員”は言うまでもなく身内であり、”公立学校のPTA関係者””学識経験者”も都寄りの人物が選ばれるのが目に見えている。

 2004年11月1日から運転中における携帯電話使用の罰則が強化された。携帯電話の使用により注意力や判断力が低下し、交通事故などにつながりやすいことが実証されたことから、道路交通法の改正に至ったものである。しかし不健全とされる図書が、青少年の成長にどのように影響するかは分かっていない。これは不健全図書の指定により、青少年にどのような良い影響や結果をもたらしたかも分からないと言うことだ。それでも組織がある以上、なんらかの実績がなくてはならず、毎月のように審議会が開かれている。

 東京都のホームページでは「東京都青少年健全育成審議会 会議資料・議事録」が個人情報の一部を伏せた上で公開されている。毎月、推奨映画は1件あるかないか、不健全指定候補の図書(主に漫画)は3冊前後が議題になる。議事録を読むと、委員が多少の意見を言うことはあるものの、時間は押しなべて1時間足らず、ほぼスルーに近い状態で議論が進行していく。また今のところ改正の前後で大きな違いがあったとは思えない。委員が激論を交わすような映画や図書が議題に挙げられないからとも言えるが、単なる承認機関かとも感じられる内容だ。

 これでは「第8条に掲げるもの」を決める”その人”は”購入する人(もしくは購入対象を選ぶ人)””諮問候補を選ぶ人”とするのが正確だろう。そして”その人”は、審議会の委員以上に陰に隠れて姿を現すことはないのである。

 ところで先日、新たに表現の規制につながりそうなものが発表された。「男女平等参画のための東京都行動計画の改定」である。問題とされる所は「第2部 行動計画に盛り込むべき事項」の「第4章 人権が尊重される社会の形成」内の「(3)男女平等参画とメディア 」にある。

((3)男女平等参画とメディア 部分)
○メディアの提供する情報の中には、性別役割分業に基づくステレオタイプの男女像や女性や子供を性的ないしは暴力行為の対象として捉えた表現等も見受けられ、男女共同参画を阻害する要因の一つになっています。
○表現の自由は尊重されるべきですが、表現される側の人権や性・暴力表現に接しない自由、マスメディアや公共空間において不快な表現に接しない自由にも十分な配慮を払う必要があります。

 つまり”仕事は男の役割””家事や育児は女のすること”のような表現は、男女共同参画にはそぐわないとするものだ。

 青少年健全育成条例改正案にしてもだが、どうも行政は『国民は情報の影響を受けて悪い方向に行きやすい』と考えているか、そう決め込んで規制を強化したい思惑があるようだ。「取組の方向性」として以下のように書かれている。

(取組の方向性 部分)
○メディア事業者自身による暴力や性表現の自粛等、自主的な取組を促す
○情報の受け手側がメディアを主体的に読み解き、メディアを使って自分の考えを表現していく能力の育成を図る

 後者の”主体的に読み解き””自分の考えを表現していく”能力があれば、メディアに対する規制などは不要と思うのだが、全文を見れば都はむしろ前者に重きを置いているのが透けて見える。仮にステレオタイプの表現があったとしても、それがどのような原理に基づくのかを解きほぐして、その人なりに理解できれば十分なはず。つまり後者の能力の育成こそが重要なはずである。

 こうした圧力はこれまでにも存在している。しかし行政が関わって後押しするようなことになれば、他の団体も一段と大きく動き出す可能性がある。動物保護団体が動物を虐待する表現に、労働団体が劣悪な労働条件やそれに従事する労働者のキャラクターに、反戦団体が戦争や軍人を描いた作品に……。もちろん動物虐待は無くすべきであるし、労働者も保護されなくてはならないし、戦争の無い世界が訪れるのが望ましいだろう。しかしそれを創作物に当てはめて働きかけをするのは、表現の自由を大きく妨げるものに他ならない。次はどんな正論の衣をまとった圧力がかけられるか、注意しておく必要があるだろう。
(文=県田勢)

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