南ちゃんが今もなお「永遠のヒロイン」である理由

 テレビ番組やインターネットの投票などで、「貴方の好きな漫画・アニメのヒロインは?」という質問があると、必ず上位に食い込んでくるのが、『タッチ』(著:あだち充)の浅倉南(南ちゃん)である。毎日のように漫画の新刊が発行され、大量のアニメが消費されていくなかで、何故30年前のヒロインが今もなお、男の心を捉えて離さないのか……。そして、巷間に囁かれ続けている「浅倉南ってイヤな女だよね!」という説は本当なのか? 現実世界でそんな噂をたてられる女子は、男を惹きつける魅力(魔力?)を持っているが、浅倉南は、どんな魅力で上杉達也(タッちゃん)をはじめとした男たちの心を支配したのか……。その解答は、彼女の発したセリフのなかにある! と本著の著者は考え、それを分析することにより、男子のハートを捉えるテクニックを見つけ出している。

 夏休みに恒例行事のようにアニメの再放送がされていたせいか、『タッチ』という作品名及び「南ちゃん」というキャラクター、達也の双子の弟・和也が交通事故で死ぬシーン、最後の「上杉達也は、浅倉南を愛しています。世界中の誰よりも」という告白シーンは、ちょっと他に例がないくらい知られているが、そういった断片的な記憶から、「南ちゃんはタッちゃんの心を弄んで自分への告白を引き出した」という印象を持たれていることが(特に批判的な女子に)多い。しかし、本著で彼女のセリフを確認してみると、ちょっと意外なほどに「タッちゃん以外に心が揺れたことがない」ことに気がつく。タッちゃんの心が揺れ動くのはたいていは憶測や、死んだ弟へのコンプレックスや自責の念、罪悪感で勝手に悩んでしまっているのである。一方でタッちゃんは本気で野球に取り組めば甲子園で優勝してしまうような「やれば出来る」男でありながら、ふざけた態度(のふり)で、フラフラしている。しかしそんな自分の「本当の才能」は、南ちゃんだけが理解してくれている。そして、それを言葉にして、時には叱咤し、時にはなぐさめ、愛情を示してくれる。「ツンデレ」という日本のヒロインにとって最重要なスタイルの原型も随所に現れており、それまでの主人公の添え物的な、守ってもらうだけのお姫様的なヒロインとは本質的に違ったスタイルをみせてくれたのが南ちゃんだったわけだ。

 だいたい、日本の男子の7、8割は「自分はやればできる」と思いつつ、それが実現できずに、何かを言い訳にしながら「あえて本気を出さない」という、初期のタッちゃんスタイルを取っていないだろうか? そして、そんな自分を求めてくれる南ちゃんのような「理解者」を、心のどこかで求めているのではないだろうか。こういった男子の本質は30年経とうが、もしかしたら、今後100年経っても変わらない気がする。そこをピンポイントで描写し、ある意味初手にして完成させてしまった『タッチ』の南ちゃんというヒロイン像は、もはや永遠の勝利を約束されていると言い切ってもいい。そして、8割の男の心を捉えるセリフを研究すれば、現実世界の恋愛にも役に立つということは道理に適っている。女子からしてみたら「そんな単純なものじゃないよ」なんて言われてしまうかもしれないが、驚くほど単純なのが男心なのだ。

 ただ、本著の筆者がリアルタイム世代なだけに、少々「中年のセンチメンタリズム」的な匂いも漂ってはいるのだが、それを含めて同調できる部分も多い。女性の「恋愛攻略本」という要素だけではなく、男性の「そうなんだよなぁ~」というアルアル的な要素もあるので、男女を問わず楽しめる本であることは間違いない。併せて『タッチ』を読み返してみると、より楽しめる。

■著者情報
常盤準
出版社勤務、週刊誌記者、実話誌編集長を経て、フリーの作家に。高円寺ルック商店街の飲食店『それはそれ』店員、および、行動する官能小説家。

『浅倉南 タッチ・イン・メモリー』

 
もはや古典

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