覚せい剤汚染が世間に広がりつつあったのは、70年代半ばから80年代初めごろのことであった。それまでは一部のアウトローだけのものと思われていた覚せい剤や薬物の乱用が、主婦や会社員の中にも見られるようになっていった。
そうした風潮の中で、「店主も客もシャブ中だらけ」という理容店が御用となった。逮捕されたのは、埼玉県大宮市で理容店を経営する43歳の女主人と、店の客ら39人。容疑は全員、覚せい剤取締法違反だった。
女主人は6年前に夫が失踪。以来、ひとりで店を切り盛りしてきたが、やがて客として店に来ていたヤクザと懇意になり、そのヤクザから84年4月ごろから覚せい剤を購入するようになった。
ヤクザの男に勧められつつ、興味本位で覚せい剤を打ち始めたところ、女主人はすっかりシャブにハマってしまう。何しろ、理容店の売り上げはそれなりにあったものの、シャブの購入代金が欲しいばかりに、夜間にスナックでアルバイトするほどまでになっていった。
そして、覚せい剤を手に入れると、とにかく打ちたくて仕方がない。同居している家族に隠れて、ひそかに覚せい剤を使った。そしてついには、仕事の合間にも打ち、クスリが効いた状態のままで髪を切ったり、ヒゲを剃ったりしていたという。まさに「打ちながら仕事」という状況であった。
さらに、口コミなどでウワサが広がり、その理容店には覚せい剤の売人や常習者などが集まり、情報のやり取りなどが盛んに飛び交っていたらしい。さながら「覚せい剤関係者のサロン」といった状態だったという。
ところが、県警武南署が窃盗で検挙した32歳の男の取り調べを進めていくうち、覚せい剤を常用するグループの存在が明らかとなり、この理容店が浮上。女主人とその客らが逮捕されたというわけである。逮捕者の中には、自分で常用しているうちに覚せい剤に詳しくなり、常用者たちの間で「覚せい剤博士」と呼ばれていた42歳の男も含まれていた。
逮捕されたとき、女主人はすっかり依存症になってはいたものの、強い離脱症状はみられなかったという。だが、ハサミやカミソリを使う仕事だけに、やや恐ろしいものを感じる事件ではある。
(文=橋本玉泉)
こんな子いたら薬なくても通うよね!