かつてアメリカの科学者たちが、驚愕すべき人体実験を行っていた。そんな事実を裏付ける報告書が提出されると同時に、AP通信やロイターなど各報道機関が配信。わが国でもネットなどで大きな波紋を呼んでいる。
その人体実験とは、1946年から48年にかけて中米のグアテマラにおいて、アメリカ合衆国公衆衛生当局の医師らが実施したものである。具体的には、当時はまだその効果が分かっていなかった抗生物質ペニシリンについて調査するため、兵士や受刑者、精神疾患患者など約5,500人を被験者として行われた。
方法は、梅毒や淋病に感染した売春婦と被験者をセックスさせ、性感染症にかかる可能性の高い状況を強要するなどのもの。その結果、約1,300人が性感染症に感染。その後、感染者のうち約700人に投薬などが行われたらしいが、少なくとも83人が死亡したと記録に残っているという。
しかも、ふた桁の犠牲者を出しておきながら、当のペニシリンについての医学的に有効な情報は得られなかったというのだ。
そして何より、被験者には実験の内容や目的などの詳細は一切知らされることなく、事前の説明もなく、治験を行う際に不可欠な同意さえ取っていなかったことも明らかとなった。まさに治験とは名ばかりの人体実験にほかならない。
この人体実験については、昨年にマサチューセッツ州ウェルズリー大学の研究チームによる調査で発覚した。これを受けたオバマ大統領は、直属の調査委員会に調査を命じていた。そして、委員会が数千ページにも及ぶ資料を調査したところ、このような非人道極まりない所業が行われていたことが判明したのである。
これについて同委員会委員長でペンシルベニア大学学長のエイミー・ガットマン氏は、「実験に当たった関係者たちはこの実験の内容について秘密にしておきたかったと考えられる。一晩に広く知られることになれば、激しい批判は免れないからだ」と述べ、「現在では治験は倫理的で正しく行われていることを保証するためにも、非倫理的な歴史的不正を正確に記録することが重要」と強調したという。
また、この報告書の内容を受け、オバマ大統領もグアテマラのコロン大統領に電話で謝罪した。
このような恐ろしい所業が行われていたことは、まさしく驚くべきことではある。しかし、これが果たして「遠い昔の、人権意識が薄い時代の話」かどうか。これは、わずか60数年前の話である。現在でも、形を変えて似たようなこと、つまり利益や目的のために人権や生命が無視されるようなことが、どこかで平然と行われているかもしれないのである。
(文=橋本玉泉)
いろんな実験が……