2009年の文部科学省の調査によると、日本の小中高校で認知された「いじめ」の数は約7万3,000件に上った。教育現場での一般的、かつ深刻な問題であるいじめ。ただ、それが問題視されているのは日本だけのことではない。
例えばイギリスでは、1980年代後半からずっと、教育現場でのいじめが社会問題となっている。そのため、学校ではいじめを防止するために生徒同士での討論会を開催する、カウンセリングを取り入れるなど、さまざまな策を取っている。しかし、いじめはそう簡単になくなるものではない。
そこで、11歳から18歳の生徒が通うイギリスのロンドン南部の”クエスト・アカデミー”ではいじめ対策としてとんでもない校則を定めた。それが昨年の九月に実施された「生徒同士の触れ合いをいっさい禁ずる」というものだ。
禁止されているのは文字通り「いっさいの接触行為」で、その中にはもちろん「暴力行為」も含まれてはいる。だがそれだけではなく、キスやハグはもちろん、ハイタッチや握手も校則に反するのだという。
つまり、落ち込んでいる友達を励ますため、軽く肩を叩くのも校則違反。部活の大会で優勝し、喜びのハイタッチを交わすのも校則違反。十代の初々しいカップルが手をつないで歩くのも一切禁止、ということなのだ。青春の喜びが校則により奪われてしまう、と言っても過言ではないだろう。
イギリスは日本に比べて校長の権限が強く、そのため学校ごとの特色もバラエティーに富んでいる。しかし、今までにいじめのために「触れ合い全面禁止」を校則とした前例はなく、そのためにイギリスでも注目されているのだという。
さて、この件についての “クエスト・アカデミー”側の言い分はこうだ。
「身体的な接触はいじめや不良行為を招くことになる」
「学習のための環境には規律が不可欠である」
確かに、身体が触れあうことさえなければ、暴力によるいじめはなくなるかもしれない。しかし、言葉や態度によるいじめに対してはどうなのか。またイギリスでは日本と同様、インターネットを使った個人攻撃などの、いわゆる「ネットいじめ」も深刻化している。身体的接触を禁ずる校則には、これら「無視」「暴言」「ネットいじめ」に対する抑止力はない。さらに「校則」であるため、学校から一歩出てしまえばその効果はほとんどないと言っていいのではないか。
また、学校という場は学習だけではなく、貴重な十代の時間を過ごすための舞台でもある。中学・高校時代に甘酸っぱい思い出を作らずして、いつ作るのか。さらに友人との信頼関係を深めるためにも、ささやかな身体的接触こそ必要不可欠ではないだろうか。
クエスト・アカデミーの校長は「この校則ができてからいじめの件数は著しく減った」と表明している。だが、いじめが減って安心している生徒よりも、校則によってストレスを受けている生徒の方が多いのではないかと推測できる。
実際に、友達にハグをしたことで罰せられた生徒もいる。その生徒の母親は「行きすぎた校則だと思う。親愛表現をする機会まで奪うことはない」とコメントしている。
イギリスに比べると、日本では友人同士でも身体的接触の機会は少ない。それでもこのような校則ができれば、大きな反発が予測される。
「生徒同士の触れ合い禁止」の校則は、いじめをなくすための一つの解決策なのかもしれない。だが、あまりにも極端すぎる規則は、生徒の大切な経験まで奪ってしまうのではないだろうか。
(文=高野夏)
かわいいあんりちゃんをいじめるなんて!