【アイドル音楽評~私を生まれ変わらせてくれるアイドルを求めて~ 第28回】

ダウナー映像をも使いアグレッシヴな美意識を打ち出す! アイドル戦国時代を彩り始めた「東京女子流*」

 肋骨が痛い。その原因は、5月21日のBiSとtengal6のツーマンライヴだ。BiSのユケがフロアにダイヴし、「今飛んでくるアイドルかよ!」と動揺しつつ彼女をステージに戻そうとしている時に、「ピキッ」と肋骨に何かが起きた。もう1週間以上痛みが続いていると話すと、友人は私に言った。「それ、折れてますよ」。病院におとなしく行くべきか……。

 東京女子流*の5月4日に発売されたデビューアルバム『鼓動の秘密』のタイトル曲であり、5月18日にシングルカットもされた「鼓動の秘密」のビデオクリップを見た時に連想したのは病院だった。アイドルのビデオクリップとは思えない不穏さが映像に漂い、どこかグロテスクですらある。なにしろ「鼓動」そのままに心臓をモチーフにしたロゴがオープニングから登場するのだ。透明な箱の中で踊る少女5人と、それを外から見る作業服の大人たち。東京女子流*は時に物体に、時に液体に変化する。濃い紫ではあるものの、したたる血を連想させる映像も。この雰囲気に、私は1968年に起きた和田心臓移植事件を連想してしまった。手術までの不透明な経緯のために、日本の臓器移植が40年遅れる要因となったと言われる事件。そんなことを考えてしまうほどアグレッシヴな美意識が、彼女たちの衣装やダンスに結実した優れたビデオクリップだ。

 アルバム『鼓動の秘密』は、「intro」の鼓動の音とキックの低音、そしてうなるエレキギターで幕を開ける。東京女子流*のアレンジを手掛けている松井寛が得意とするソウルやファンクの要素は、タイトル曲「鼓動の秘密」では前面には出ていない。しかし、だからこそ新鮮であり、一方で間奏のキーボードの音色はしっかり70年代から80年代っぽくてニヤリとさせられるのだ。そうした音色感覚は、SweetSのカヴァーである「Love like candy floss-TGS ver.-」の間奏のキーボードのソロでも光っている。

 『鼓動の秘密』には、本連載の「アイドル戦国時代とは何だったのか? 2010アイドル音楽シーン総括評」(https://www.menscyzo.com/2010/12/post_2135.html)で2010年の第3位に輝いたソウル・アイドル歌謡の金字塔「ヒマワリと星屑」も収録されている。ライヴの冒頭でこの楽曲のギター・リフが鳴り出した時の興奮の記憶と東京女子流*は私の中で分かち難い。「Attack Hyper Beat POP」のファンクネスや「ゆうやけハナビ」の濃厚なソウルテイストにも陶酔させられる。特にBPMの遅い後者ではメンバーのヴォーカルもよく味わえる。東京女子流*に関しては、私の周囲でも「サウンドはいいけれど声が幼すぎる」という声を聞くのだが、とはいえこのアルバムを聴かないのはあまりにももったいない。

 イントロが鮮やかな「きっと 忘れない、、、」は、リズムの粘りが彼女たちのヴォーカルを彩る。「孤独の果て~月が泣いている~」に至っては、もはやジャジーというよりブギウギのようで、戦後歌謡史の巨人である作曲家の服部良一が笠置シヅ子に書いたブギウギ路線の作品群すら思い浮かべた。こういう路線で音楽的な遊びができるアイドルは稀有だ。しかも、アルバムの最後を飾る「Outro」は思いっきり70年代ディスコ路線。生まじめさと遊び心が同居するアルバムだ。なお、「おんなじキモチ -中国語ver.-」は、3種類のうちCDのみのジャケットCにだけ収録されている。 そして、台湾でもアルバム『心跳的秘密』(鼓動の秘密)が6月3日に発売されることが決定した。彼女たちのアジア進出が始まったのである。

 アルバムからのシングルカットである「鼓動の秘密/サヨナラ、ありがとう。」には、YMCKによる8bitなリミックス「鼓動の秘密 -YMCK REMIX-」と、松井寛によるリミックス「鼓動の秘密 -Royal Mirrorball Mix-」を収録。シングルは4種類あるが、両方を聴けるのはCDのみのtype-Dだ。アルバム『鼓動の秘密』は25位(5月16日付)、シングル「鼓動の秘密/サヨナラ、ありがとう。」は24位(5月30日付)をオリコンの週間ランキングを記録している。

 そんな東京女子流*と、これまでのさまざまな存在がなかったかのように「エイベックス初のアイドルグループ」と銘打たれたSUPER☆GiRLSが在籍しているエイベックスだが、日本クラウンに所属していたSKE48も7月27日発売の「パレオはエメラルド」からエイベックスへ移籍することが発表された。SKE48といえば、彼女たちもまた10年に「1!2!3!4! ヨロシク!」というソウル・アイドル歌謡の傑作を送り出している。音楽的に面白くなるのだとしたら、こういう「戦国時代」感も歓迎しよう。

◆バックナンバー
【第1回】号泣アイドル降臨! ももいろクローバー「未来へススメ!」
【第2回】アイドルが”アイドル”から脱皮するとき amU『prism』
【第3回】タイ×ニッポン 文化衝突的逆輸入アイドル・Neko Jump
【第4回】黒木メイサ、歌手としての実力は? 女優の余芸を超える”ヤル気満々”新譜の出来
【第5回】全員かわいい!! 過剰なほど甘酸っぱく、幸福な輝きを放つ「9nine」のイマ
【第6回】AKB48「桜の栞」は、秋元康による”20世紀再開”のお知らせだった!?
【第7回】エロくないのにエロく聴こえる!! 聴けば聴くほど頭が悪くなる名曲誕生
【第8回】アイドルよ、海を渡れ 変容するSaori@destiny『WORLD WILD 2010』
【第9回】いよいよエイベックスが本気を出す!! 東京女子流という産業
【第10回】テクノポップが死んでも……Aira Mitsuki is not Dead!!
【第11回】アイドル戦争と一線を画す17歳美少女 そこにユートピアがあった
【第12回】おニャン子クラブの正当な後継者はAKB48ではない――「アイドル戦国時代」の行く末
【番外編】「ヲタがアイドルの活動を支えられるかどうかは、現場を見ればすぐに分かる」Chu!☆Lipsとチュッパーの幸福な関係
【第13回】非武装中立地帯的なアイドル・Tomato n’Pine
【第14回】99年生まれも!! 国産アイドル・bump.yのもたらす脳内麻薬と安心感
【第15回】「○○商法」で結構!! 限定リリース戦法でじりじりチャートを上る小桃音まい
【第16回】やっぱりAKB48は20世紀の延長だった!? 「80年代風アイドル」渡り廊下走り隊
【第17回】AKB48新曲バカ売れの背景――僕らはいつまでアイドルに「陶酔」していられるか
【第18回】これぞ鉄板! 完成度抜群、SKE48のアイドル×ソウル「1!2!3!4! ヨロシク!」
【第19回】右傾化する日本社会でK-POPはどう受容されていくか KARA『ガールズトーク』
【第20回】“救済”を求めるアイドルヲタ……ぱすぽ☆周辺のアツすぎる上昇気流
【第21回】アイドル戦国時代とは何だったのか? 2010アイドル音楽シーン総括評
【第22回】死ぬまで見守れる稀有なアイドル・Cutie Pai
【第23回】「アイドル戦国時代」終了!! 板野友美『Dear J』を16万枚売り上げるAKB48リリースラッシュの裏側
【第24回】白々しい泣き歌が溢れるJ-POP界にStarmarieが真の悲壮感を叩き込む!
【第25回】歌舞音曲「自粛ムード」が漂う中、今こそ見たい”元気の出る”アイドル動画
【第26回】新しいアイドル社会の誕生宣言!? BiS「Brand-new idol Society」
【第27回】学校生活と部活動をテーマに音楽ジャンルを網羅する! さくら学院
【第28回】アグレッシヴな美意識を打ち出し、アイドル戦国時代を彩り始めた「東京女子流*」

men's Pick Up