『初回盤「く」盤』、『初回盤「ら」盤』、CD『通常盤』/トイズファクトリーより
今年のゴールデンウィークは、東日本大震災後のイベントの中止続きの反動のように多くのアイドルのイベントがあり、私もBiSの現場に行っては喉を潰していた。BiSだけでも連日のようにライヴがあったので全部には行かなかったが、それでもひどい声だ。
そしてゴールデンウィークが明けてみると、5月4日にシングル「少女飛行」(ユニバーサルJ)でメジャー・デビューしたぱすぽ☆が、「女性グループのデビュー・シングルとして初めての初登場首位」という快挙を成し遂げたというニュースが入ってきた(グループからの派生ユニットなどを除く)。旅や飛行機をモチーフにしているグループとはいえ、2010年10月に同時発売された3枚のシングルが軒並み90位台だったことを考えればとんでもない「フライト」ぶりだ。筆者の周りにも100枚以上予約したヲタが何人もいるという尋常ではない状況だが、皆幸せそうだし、心から祝福したくなるものが現在のぱすぽ☆にはある。それはヲタが本気で買い支えて自分たちが愛するアイドルを世間に知らしめようとする心意気が伝わってくるからだ。見習いたい。ただ、それを見て「アイドル戦国時代だから儲かりそうだ」と安易にアイドル業界に参入する関係者がいないことも願っている。ぱすぽ☆は、11枚組の「5分面会券付きBOXセット」発売や秋葉原UDXシアターでのリリース・イベントの多さなど、それはもう戦略面でも非常に高度だったからだ。決して甘い世界ではない。
本連載の「歌舞音曲『自粛ムード』が漂う中、今こそ見たい”元気の出る”アイドル動画」でも紹介したように、「少女飛行」は本来は4月6日に発売予定だったが、震災の影響で発売が延期された。今回紹介する10人組グループ・さくら学院のデビュー・アルバム 『さくら学院 2010年度 ~message~』(トイズファクトリー)も、3月23日に発売予定だったものの4月27日にやっとリリースされた。「2010年度」と題されているのに年度が過ぎてしまったのだ。
しかし、ヲタ仲間から聞いて知った震災後のさくら学院のメンバーの状況は驚くべきものがあった。武藤彩未の茨城県の家では水道も電気も止まり、松井愛莉は福島県の家族となかなか連絡が取れず、佐藤日向の父親は仙台に居たという。そして、中元すず香は「私の住む広島は一度全てを無くして復興した街です。」と書き記した。全員が小中学生のこのグループのメンバーが、そうした事実を冷静に、しかもすべて手書きの文字でブログで報告しているのには、ある種の気迫すら感じた。彼女たちが所属するアミューズのチャリティー企画「チーム・アミューズ!!」にさくら学院は参加していないが、アミューズの所属タレントの中で今回の震災において最も印象的だったのはさくら学院の姿だ。
可憐Girl’sのメンバーだった武藤彩未と中元すず香を含むさくら学院は、学校生活とクラブ活動をテーマに活動する「成長期限定!!」のユニットと銘打たれている。だから、「プレ・デビュー・シングル」として2010年11月28日に発売されたCD「Dear Mr.Socrates」は「Twinklestars」名義で、これはさくら学院の「バトン部」によるものだ。この楽曲が、南波志帆などを発掘したLD&Kからリリースされ、しかも元Cymbalsの沖井礼二が作詞・作曲・編曲を担当したというのは、ちょっとした衝撃だった。ハンドクラップで幕を開け、一気にストリングスが広がるドリーミーな渋谷系ポップス。この曲は『さくら学院 2010年度 ~message~』にも収録されている。
ほかにも、アイビーファッション賛歌である「Hello! IVY」は、ユニゾンがこの世代の少女たちならではのヴォーカルの輝きを放つ佳曲。「帰宅部」のsleepieceがわらべの「めだかの兄妹」をテクノポップ仕様でカヴァーしているのにも意表を突かれた。また、軽音部ならぬ「重音部」のBABYMETALによる「ド・キ・ド・キ☆モーニング」は、SMAPなどへの楽曲提供でも知られる村カワ基成が作編曲にクレジットされており、まさにヘヴィメタル。伊藤政則も怒るか褒めるか二択の世界で、時が時なら「BURRN!」で紹介されて80★PAN!の後に続いてもおかしくないサウンドだ。かと思うと、かわいらしいサビへと展開するのもアイドルポップスならではのケレン味を感じさせてくれる。ストレートで前向きな「夢に向かって」などもあり、曲調やサウンドは良い具合のバラバラさ加減。そうしたバラエティーの豊かさが、さくら学院のイメージをしっかりと形成しているという快作でもあるのだ。小理屈抜きに楽しい。
また、初回盤「さ」盤のDVDには「さくら学院抜き打ち学年末テスト」の映像が収録されているのだが、ここで使用されるテストと同じものがCDに封入されている。また、ブックレットも部活ごとにデザインが凝っていたり、メンバー紹介やメンバーによる寄せ書きがあったりと手が込んでいる。メンバーの素材の良さを活かそうとするスタッフワークが輝いている作品だ。
震災はエンターテインメントの世界にも大きな影を落としたが、さくら学院が乗り越えたものを考えながらアルバムの最後を飾るフォーキーなミディアム・ナンバー「message」を聴くと、少なからぬ感動を覚える。『さくら学院 2010年度 ~message~』は、図らずもそうした時期の記憶とともに聴く者の胸に残るアルバムとなった。バトン部のTwinklestarsからは、7月6日に新曲「プリーズ!プリーズ!プリーズ!」の発売も決定された。こちらにも大いに期待したい。
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