茨城県に住む根本又蔵(38)は、同じ村に住む高野とら(42)と不倫の仲となり、夜な夜な関係を続けていた。そして明治41年4月24日の夜、2人がセックスした後で一緒に酒を飲んでいると、そこにとらの夫である高野丑太郎が怒鳴り込んできた。
「貴様、俺の女房に何をするか!」
怒り心頭の丑太郎は、又蔵をボコボコに殴りつけて、とらを連れて帰ってしまった。すると翌日、又蔵が丑太郎の家にやって来てこう迫った。
「実は俺はとらに45円50銭のカネを貸している。とらを連れ戻すのであれば、すぐに貸したこのカネを返してもらおう」
明治41年当時の45円といえば、現在の90万円から100万円程度に相当する。これを聞いた丑太郎は仰天。とらに問いただすと「その通りです」と事実を認めた。つまり、丑太郎は不倫の被害者から多額の借金妻を持つ身に転落してしまったわけである。もちろん、丑太郎にそんな大金を返せるあてはない。そして、又蔵はさらに追い打ちをかける。
「もし返さないというのなら、ウチの若い衆を80人くらい連れて談判するつもりだ。それでいいんだな」
これを聞いて、丑太郎はますます慌てた。多勢に押し掛けられたら、もうどうしようもない。すると、その丑太郎の様子を見て、又蔵が耳打ちした。
「まあ、俺だって鬼ではない。そこで相談だが、アンタの女房のとらを2年間、俺に貸してはくれないか。それで、借金はチャラにしようじゃないか」
もはや丑太郎に選択の余地はなかった。何もかも又蔵の思い通りになるしかなかった。しかも、そのとらを2年間貸すという契約書を、何と又蔵は丑太郎ととらの18歳になる息子の皆作に作らせたのである。
「よーし、これでとらは俺のところで2年間、かわいがってやるという寸法だな」
しかし、これはどうやら又蔵ととらが仕組んだことだった。そして、「母親の借用書を書かせるなんてひどい」と皆作が土浦警察署に相談した。怪しいとにらんだ警察が捜査を開始し、又蔵ととらが検挙された。そして、その年の8月25日、又蔵に重禁固1年と罰金8円、とらに重禁固8ヶ月の有罪判決が言い渡された。この判決に、又蔵ととらの両名は控訴したというが、その顛末は不明である。
ともかく、借金のカタに「おまえの女房を差し出せ」とは、明治時代でもとっぴな事件であったことだ。
ちなみに、現在ではたとえ配偶者に借金があったとしても、妻や夫というだけなら返済の義務はない。ところが、ほんの10数年前までは、カード会社も消費者金融も、家族に対して「代わりに払ってください」などと平気で請求したものである。これは、第三者請求という明確な違法行為だ。貸金業というのは、かようにダーティーな稼業なのである。
(文=橋本玉泉)
『スーパーの共用便所で僕の生チ○ポを見た若妻は瞳を潤ませて手を伸ばしてきた』
ここにいるこの若妻いるって情報がほしい。