日本映画の最前線を丹念に追っている人ならば一度はスクリーンで目にしたことがあるかもしれない。AVに詳しい人ならば元・持田茜と言えば通りが良いだろう。現在、映画やVシネマなどを中心に活動を続けるしじみは、04年に持田茜という芸名でAVメーカー「S1」の専属女優としてデビュー、08年12月に引退するまで数百本のAVに出演、09年から現在の芸名となり本格的に役者としての道を歩み出した。どんな役柄でも憑依したかのように成りきる演技の評価は高く、09年に主演したピンク映画『うたかたの日々』(公開時タイトル『壺姫ソープ ぬる肌で裏責め』)は第22回ピンク大賞・作品ベストテン第1位に輝いた。今後の日本映画界を担うであろう新進気鋭の映画監督たちからのオファーも多く、着実に個性派女優としての地位を築きつつある。
しじみの久々の主演作となる『終わってる』は、「青春とHが盛り込まれていれば、何を撮ってもOK」という”青春H”シリーズの第5弾であり、多彩な短編作品で数多くの賞に輝いた今泉力哉監督の初長編劇映画である。
夫婦の崩壊と再生を骨子にした本作は、5人の主要人物が不器用に感情をぶつけ合い、傷つけ合う様を、緩やかなリズムで生々しく描き出す。恋愛の残酷さを容赦なく浮かび上がらせながらも、端々に笑いが散りばめられていて小気味好い。しじみは夫に別れを切り出されて哀しみに打ちひしがれながらも、自分に好意を寄せる男友だちを翻弄する人妻をアンニュイに演じる。それまでエキセントリックな役どころの多かった彼女にとって新境地と言える作品だろう。
──どういうキッカケで『終わってる』のオファーはあったんですか?
「とあるイベントで私と今泉監督がトークゲストに呼ばれてて、その時が初対面だったんですけど『映画出ない?』って誘ってくれて、『会ったばかりですけどいいんですか?』みたいな感じで出させて貰いました。いまだに私を主役に選んでくれた理由は謎なんですけど(笑)。主役をやらせて貰うなんてありえないことなのでスゴく嬉しかったし、自分がポスターになっているのを見てニヤリとしました。ただ私は脇役をメインにしている役者さんに憧れがあるんですよ。オタッぽいんですけど映画を見てても、この脇の役者さん誰だろうってチェックして、それを追ったりして。だから自分も、そういう役者さんになりたいって願望があるんですよね。それに主役よりも脇役の方が遊べるじゃないですか。『終わってる』でも脇の役者さんが遊んでいて羨ましかった。私は共演者の松浦祐也さんが大好きなんですけど、衣装合わせの時に首のギブスを自前で持ってくるんですよ。そんなのを提案する役者さんなんて、アグレッシブでスゴい尊敬しますね」
──以前から今泉監督のことは知ってたんですか?
「作品は見たことがなかったけど名前は知ってました。それで今回、出演が決まって今泉監督の作品を見たんですけど、今まで自分が出てきた映画やVシネマと真逆の演技じゃないですか。特にVシネマでは記号的な、わりと分かりやすい演技を求められていたけど、それを逆に抜くと言うか。こんな演技出来るのかなって思ったけど、何となく意識して演じてみました。とりあえず自分の中に置き替えてやってみようと思ったんですけど、結婚したこともないし、妊娠したこともないし、二股したこともないし。でも勝手に自分の中で置き換えてみました」
──赤ちゃんをあやすのも大変だったんじゃないですか。
「そうなんですよ。お母さんが抱いてないと、ひたすら泣いてて。私がいくらやっても泣きやまないので、それが切なくて哀しくて泣きそうでした。抱き方も教えて貰わなかったから不自然ですよね。子ども好きじゃない設定にしても、あれは子ども嫌い過ぎるだろうって、いろんな人に言われるんです(笑)」
──赤ちゃんと同じ空間で夫婦が延々とセックスをするシーンが印象的でした。
「赤ちゃんは今泉監督自身のお子さんなんですよね。今泉監督が言ってたのは『これは自分に対する戒めみたいなモノで、子どもをセックスシーンに出してしまった以上、この映画は面白いモノにしなきゃいけないって自分に対する枷である』と。なるほど、覚悟あるなって」
──ふんだんに濡れ場シーンがありましたけど、ピンク映画やAVと演技面で変えた部分ってありました?
「大袈裟にならないようにしたぐらいで特にないですね。そういえば男友だちと絡むシーンで、相手役の前野朋哉さんがタイミングが分からなかったみたいで、前貼りをしてなかったんですよ。いざ本番が始まった時に『あ! 付けてない』と気付いて、前野さんは動揺していたんですけど、カメラマンさんも笑っちゃってカメラが揺れてるんです。それが、そのまま本編でも使われているんですけど、ちょうどテーブルにあった飲み終えたチューハイの缶で局部が隠れて奇跡的なことになっているんです(笑)」
──今泉監督と仕事をしてみて、どんな印象を持ちましたか?
「現場では本当に飄々としてるんですよ。でも今後も作家性を貫いていくというか、小泉ワールドを突き進んでいくんだろうなって。『終わってる』も最初と最後がループしてるみたいな話なんですけど、日常を切り取ったような、どこから始まって、どこで終わるかが分からない世界観が今泉作品の魅力ですね」
──劇中に音楽を一切使ってないし、派手な展開がある訳でもないのに、弛緩したところがなくて非常にリズミカルな演出でした。
「台本に『……』っていうセリフがいっぱいあって”間”が重要な映画になるんだろうなってイメージは撮影前からあったんですよね。初めて完成した作品を見た時は、好き嫌いの分かれる映画かなって怖かったんですけど、見た人は『良かったよ』って言ってくれて、みなさん役者さんの演技を誉めてくれるんです。だから今泉監督と役者さんのひたむきさが伝わったのかなって思いました」
──去年は何本ぐらいの映画に出演したんですか?
「確か48本。でも見たって人の話はほとんど聞かなくて、出演数と比例してないんですよ(笑)」
──AVをやっていた頃から演技には興味があったんですか?
「全くなかったですね。映画館に映画を見に行くことすらなかったですね。当時は演技の上手い下手が1ミリも分からなかったんですよ。普通にテレビでドラマを見てても、この役者さん下手だなって一度も思ったことなかったし。ところが城定秀夫監督の『どれいちゃんとごしゅじんさまくん』というVシネマで主演をやらせて貰ったんですけど、その作品がポレポレ東中野で上映されたんです。それを後ろの席で見ながらお客さんの反応を確かめていたら、映画館で自分の出演した作品がかかるなんて夢があるな、贅沢だなって感動したんです。それまではAVもVシネマも、どちらも楽しいって思ってやってたんですけど、じょじょに演技の仕事の方が面白くなってきたんですよね。だから同じく主演作の『終わってる』がポレポレ東中野で上映されたというのは個人的に感慨深かったです」
──AVを引退したのも、もっと演技に力をいれたかったからですか?
「AV女優を4年もやっていると、スゴい忙しい時期に較べれば仕事も減るし、当時は仕事の量が自分の評価に繋がっていくと思い込んでいたから焦りがあってモヤモヤしていたんです。そういうタイミングで演技の楽しさに目覚めたんですよね。AVはある程度やったという気持ちがあったし、ここまで続いたことの方が不思議かなって。それで所属事務所に『演技をやりたい』って言ったら『ウチはAVの事務所だから、そういう仕事はない』って言われて。それならAVを辞めようって決心したんです」
──仕事のツテはあったんですか?
「それが特になかったんですよ。何すればいいんだろうって全然分からなかったので、とりあえず事務所に入ればいいのかなって、いっぱい履歴書を書いて送ったんですけど、一通しか返事が来なくて苦戦しましたね。それでも知り合いとかに『仕事あったらお願いします』って頼んで、連絡待ちみたいな感じでやってました。そのうち城定監督の作品にレギュラーに近いカタチで出るようになって、それで何となく映画関係者に知って貰ってチラホラと声がかかるようになったんです。『うたかたの日々』もフリーになって困っている時に、城定監督が『ピンク映画やってみる?』ってことで加藤義一監督を紹介してくれたのがキッカケなんですよね」
──ちなみに、しじみって芸名の由来はあるんですか?
「蜆って字面が気持ち悪くてヌメッとしてて、そういう地味な感じが私らしいかなって(笑)。あと出身地である島根県の名産なんですよ」
──近作で印象に残っている出演作は何ですか?
「この前『東京国際ゾンビ映画祭』で初公開された『ヘルドライバー』は楽しかったですね。私が演じたのはトカゲ女ゾンビって役なんですけど、もともと監督の西村喜廣さん率いる西村映造の造形が好きなんですよ。私は人間に見えないって言われがちで、人間以外の役が多いんですけど、幽霊とか変な役の方が自分自身も演じやすいんですよね。『ヘルドライバー』は、ひたすらゾンビ描写が続くので、本当のゾンビ好きじゃないとどうしようって内容だと思うんですけど、ゾンビ好きのエネルギーは絶対に伝わると思います。Vシネマだと桜ここみさん主演の『事件 罠にはまる女たち』と成瀬心美主演の『殺し屋サチ』が演じてて面白かったです」
──まだ公開前ですけど、白石晃士監督が手掛けた”青春H”シリーズの『超・悪人』にも出演しているんですよね。
「私はレイプされて殺されちゃう役なんですけど、11ページの台本を1カットで撮って18分もカメラが回ったんです。とにかく白石ワールド全開なので見て欲しいですね。もともと白石晃士監督の大ファンだったんですけど、顔合わせの時に私の出演した『パラノーマル・フェノミナン2』を絶賛してくれて、物凄い期待してますって言われちゃったんです。それで家に帰って期待されてると思ったら『ああ、どうしよう』ってくじけそうになって、スゴく怖くなったんですよ。私は期待されてないと伸び伸び出来るし、なめられてるぐらいの方が本領発揮出来ると思うんですけどね(笑)」
(取材・文=猪口貴裕/写真=石川真魚)
しじみ公式ブログ『しじみの日記(‘▽’蜆)』
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責められるここみちゃんは必見!
人を殺しながら人を求める、悲しき殺し屋の物語。