アリスJAPAN『AV黄金期・復刻レビュー』第9回

バブルの時代に似合わなかった、ひたむきで芯の強いAV女優

PDV-101_lMC.jpg『復刻 フラッシュバック30 沢木まりえ』品番:PDV-101/監督:望月六郎/時間:60分

 AV女優・沢木まりえ、と今書いて、果たしてどれだけの人が「──ああ」と思い出すのだろう。何しろ彼女は1990年2月、『君のひとみに乾杯』(アリスJAPAN)でデビュー。同年12月リリースのこの作品、『フラッシュバック30』(同)で引退している。出演本数わずか9本。内、5本までがこのアリスJAPAN一社である。けれど逆に言えばたった10カ月の活動期間で、その存在を知らしめた希有な女優であったとも言える。

 今、僕の手元にはAV情報誌『ビデオメイトDX』(コアマガジン刊)91年3月号がある。冒頭14ページにわたる、「沢木まりえ/完全攻略」という特集ページが組まれている。これは同誌の目玉企画で、毎月一人の女優につき10ページ以上のロングインタビューが掲載された。インタビュアーは名著『AV女優』で知られた故・永沢光雄。その永沢も下咽頭がん手術で声帯を除去し声を失い、その後肝機能障害が元で亡くなって丸4年が経つ。早いものだ。

 永沢は同インタビュー記事にて、AV女優をスポーツ選手に例え、多くの女の子が人知れず消えていく。力士なら廃業、野球選手なら自由契約。その中でたった1年にも満たない活動歴で、「引退」の幕引きが出来るのは「ラッキーな人間のひとり」と書いている。

 ちなみにその月の同誌、新作情報と共にグラビアを飾っているのは桜樹ルイ、あいだもも、小沢奈美。新興メーカー・アロックスの専属仁科ひとみに冬木あづさ。他には現・村西とおる夫人の乃木真理子、古谷一行との不倫で話題となった浅井理恵の姿もある。こうしてみると「AV女優・百花繚乱」といった趣もあり、そんな中短い活動期間ながらもトップを走った沢木まりえは、ファンにそれだけ愛されたアイドルであったのだ。

 沢木まりえは東京の杉並に生まれたが、父親が地方の温泉旅館支配人として働いていたため、当初は母親・姉の3人で母子家庭のように暮らしていた。やがて父の勤務先である鬼怒川へ移るものの、中学2年の時その父親が病に倒れ、7歳年上の姉は既に看護学校に通っていたため彼女は親戚の家を点々とする。そのような環境が彼女を自立心の強い少女に育てあげたのだろうか、高校を卒業してからは昼は喫茶店と歯科医院、夜はコンビニのバイトで稼ぎ、韓国、台湾、カナダ、ヨーロッパ一周と、世界を一人旅した。英語も堪能だったそうだ。AV女優になったのは所属事務所の社長(彼女とさほど年の変わらない女性)を知人を介して紹介されたことがきっかけというが、デビュー当初から1本1本の仕事を大切にこなすことを信条にし、ギャラ目当てに数をこなすことはなかったという。

 また、AV作品は「すべてドラマ性のあるもの」という出演規範を一貫して崩さなかった。その理由は「ストーリーがないとエッチなシーンを演じることが出来ない」からで、一般映画の女優を目指していたかどうかは不明だ。けれどAV引退後にはVシネマなどに出演し、ジャッキー・チュン主演、イーフン・ラム監督の『エロティックゴーストストーリー~天空四十八手』(日本未公開)という香港映画にも、同じくAV女優の高樹陽子、庄司みゆきなどと共に出演している。ちなみにジャッキー・チュン(張学友)は紛らわしい名だが、決してジャッキー・チェンのまがい物ではない。アンディ・ラウ(劉徳華)、アーロン・クオック(郭富城)、レオン・ライ(黎明)とともに四大天王と呼ばれた、れっきとした香港の人気歌手であり映画スターである。

 さて、今回も前置きばかり長くなってしまったが、此処からは肝心の『フラッシュバック30』に触れていこう。これは沢木毅彦が小沢奈美の回で、藤木TDCが鮎川真理の回で書いているように、望月六郎監督による人気シリーズである。女性器や結合部、あるいはペニスに強い光をあて、モザイクとはまた違った斬新な修正で注目されたが、同時に毎回しっかりとしたドラマで見せていく、硬派なアダルト作品であった。

 今見返すと、良い意味で時代を感じさせられ興味深い。何しろオープニングは、平本一穂演じる軍事オタクの青年がテレビ画面に写るイラク国営放送、フセイン大統領による作戦会議の映像を観ているところから始まるのだ。イラクがクウェート侵攻を始めたのが1990年8月2日。本作のリリースは上に書いたように同年12月。画面を観る限り季節は初秋くらいか。各国のクウェート滞在者が拘束されたいわゆる「人間の盾」は8月18日から始まり12月まで続いたから、日本人の人質問題もしきりに報道されていた頃の撮影だろう。

 平本演じるオタク青年は、「この国では自衛隊に入っても戦争には行けない」「ならばこの生ぬるい平和な日常こそ戦場だ」と考え、一人迷彩服に身を包み訓練の日々を過ごす。一見コメディ風の設定だが、強い社会風刺を感じる。この「たった一人の戦争」を続けるストイックな若者は、かつて自衛隊に決起を促した三島由紀夫すら彷彿とさせる。

 彼は戦争を「国家間の領土紛争」だけでなく、「男女の間」にもあると捉え、さらには現在女が強いのは、戦争が久しく無いため男が死なず、その数が余っているからだとも考える。この辺りには後に『鬼火』『恋極道』等、ヤクザ社会に生きる男を描いた作品により97年キネマ旬報・監督賞を受賞する望月六郎の、決してシャレではない世界観が息づいているのではないか。

 そして平本は青木達也と、派手なボディコン姿の女によるカップルをモデルガンで脅し、河原でその女を犯す。すると青木は抵抗を示すどころか平本に心酔し、彼を「隊長」と慕って戦争ごっこに加わってしまうのだ。これも今やほとんどの人が忘れてしまったか、若い人は知らないことだろうが、六本木近辺で遊ぶ若い女たちが、男を「アッシー(=足代わりに車で送り迎えさせる)」「メッシー(=飯、食事のみ奢らせてセックスはさせない)」と呼び顎で使うという、当時の風潮を表している。

 沢木まりえはこの作品の中で、平本曰く「今どき珍しく礼儀の良い子」という隣家の娘として登場し、また彼の妄想の中では、死を覚悟した夫を支える武士の妻として登場する。彼女は出演作すべてを通し、「セックスは演技で見せる」というポリシーの元、本番はしなかったという。けれどそんな芝居の上手さからか、もしくは監督・望月六郎による巧みな「フラッシュぼかし」によってか、今観直しても決して白々しくはない。

 そういう意味でも、本作はバブル絶頂期に作られながら、そのような浮かれた時代に警鐘を鳴らす批判的な視点から描かれており、また沢木まりえというAV女優、そしてひとりの女の子も、今思うとその時代には似つかわしくない、質素で芯の強いひたむきさを持っていた──そのようにも思えるのだ。
(文=東良美季)

◆アリスJAPAN『AV黄金期・復刻レビュー』詳細はこちら

『復刻 フラッシュバック30 沢木まりえ』

 
親公認のAV女優としても有名

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<アリスJAPAN『AV黄金期・復刻レビュー』 バックナンバー>
【第1回】美少女AV黄金時代の先頭を走った、本番しないトップ女優の功と罪 小林ひとみ
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