都市伝説というか噂というか、怪しげなデマというものは昔から非常に多い。その類にはセックスに関するものも少なくない。たとえば、「女児が匂いの強い野菜等(ニラ、ノビルなど)を食べると、成人してから性器から異臭を発するようになる」という類は、民俗学関係の資料をめくればいくらでも出てくる。
最近でもよく知られているのが、「男性がメンソールタバコを吸いすぎるとEDになる」というヤツ。何となく納得してしまいそうなのか、一時は信じている人が多かったようだが、もちろん何の根拠もないデタラメである。
だが、先日ある若い男性から、驚くような話を聞いた。20代の、筆者と同じライターであった。
「橋本サン、知っていますか。寿司職人にはゲイが多いんですよ」
聞いてすぐに、だいたいの話の元は分かった。それに、ネタだと分かっていて言っているのかもしれない。まさか本気で信じているわけではなかろう。少し話を聞いてみることにした。
すると、実例を挙げるでもなく、検証するでもなしに、彼はただ「寿司職人の多くはゲイ」と繰り返すばかりだった。
「ボクも最初聞いたときには驚きましたけれど、本当らしいですよ。(寿司)職人の8割はゲイだそうです」
どうやら、誰かから聞いた話を、そのライター氏はそのまま鵜呑みにしているだけのようであった。
昔から、寿司を握る手つきがくねくねと艶かしいことから、「寿司職人の手つきや指使いはまるで女性のようだ」と言われてきた。ここから「寿司職人のしぐさは女形っぽい」というイメージが作られた。どうやら、これがかなり変化して「寿司職人はゲイ」という奇想天外な発想が生じたものと考えられる。
ちなみに、江戸で握り寿司が考案されたのが文化年間(1804~)。明治元年が1868であるから、江戸時代の握り寿司の歴史は、せいぜい60年程度に過ぎない。しかも、明治になってからも握りは江戸を中心とした関東圏で好まれていた。一方、もともとの寿司の本場だった関西では、昭和になってからも寿司といえば押し寿司で、握り寿司が一般的になるのは戦後になってからだった。
それにしても、少し考えれば何の因果関係も論理的な脈絡もない「寿司職人」と「ゲイ」が、何の抵抗もなく信じられてしまう現象には驚いた。おそらく、都市伝説というものは、そうした意外性から来るインパクトの中で形成されていくのではあるまいか。
(文=橋本玉泉)
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