私は日本橋ヨヲコのファンだった。『G戦場へヴンズドア』(小学館)のファンだった。「面白いよ!」と友達に貸したら、みんな「これすごい、止まらない」と言って読んでくれた。
なのに、『少女ファイト』(講談社)の1巻が出たとき、私はそれをすぐに買えなかった。バレーに興味ないとか、女のキャラにあんま興味が持てないとか自分の中で言い訳をして、買わなかった。
その間に『G戦場へヴンズドア』で日本橋ヨヲコのファンになった友達がみんな『少女ファイト』を買っていた。「ものすごく面白い」「続きが楽しみでしょうがない」「今号は泣いた」そういうメールが何人もの人から届いた。
私はやっと、おそるおそる『少女ファイト』を読んだ。そして思い知った。漫画家を目指す高校生を描いた『G戦場へヴンズドア』が漫画家としての日本橋ヨヲコの決意表明だとしたら、これはその決意表明に添った、彼女の漫画家としての覚悟のすべてが詰まった会心の作品なのだと。これを読まない自分は本当のファンなんかじゃない、狭い世界で「自分だけがこの人の作品をわかってる」と思い込みたかっただけの私は、日本橋ヨヲコのファンなんかじゃない、と深く反省した。最新作が代表作、それを地で行く作品だと思った。それぐらい面白く、読み始めたら止まらない、魅力的な作品だ。
『少女ファイト』は、バレーボールの選手だった姉を事故で失った妹・練の物語から始まる。練は姉の死後、自分の空虚さを埋めるためにバレーにひたすら打ち込む。バレーのこと、勝つことしか考えてないそのプレースタイルは「狂犬」と呼ばれ、チームメイトにさえ恐れられ、結果チームメイトに裏切られ練は孤立してしまう。
練はその出来事をきっかけに、我を出すのを極端に恐れるようになる。バレーはやりたくて、辞められなくて、高校でもバレー部に入るが、またチームメイトに嫌われるのが怖くて、我の強いプレイがきっかけで孤立してしまうのが怖くて、実力はあるのにストッパーがかかったようなプレイしかできない。
練は、チームメイトに裏切られて以来「友達は作らない」と決めていた。でも、新しいチームメイトと本気でバレーをしているうちに、それが楽しくなってきて、本気でチームメイトと「つながりたい」と思うようになる。その一歩を、たかが「友達を作る」「友達の気持ちを信じる」ということが、練にはものすごく怖い。泣くほど怖いのだ。
友達ができてからも、練はとても不器用だ。自分に対して、周りのみんなの気遣いを感じ「自分もそうしたい」と思う。「でも…でもね…私……人が元気ない時どうしたらいいかわかんないの。なんでみんなそんな自然にできるの?」「まちがったこと言ったらどうしよう」と、不必要なほどに怯える。
失敗や裏切りが怖いのは練だけではない。チームメイトの誰もがそういう不安や苦しみを抱えていて、そういう警戒心や恐れを「一緒にバレーをやる」ということの中で徐々に解いていく。自分の力だけじゃない。仲間に助けられ、支えられ、最終的に自分から一歩を、本当にささやかな、でも自分にとってはあまりにも重い、勇気の要る一歩を踏み出して、殻をひとつずつ破って、他人とつながっってゆくのだ。
バレーマンガとしての面白さもふんだんに詰め込まれており、特に「魔女」と呼ばれるキャプテンの出てくるシーンのテンションは凄い。練たちの試合はまだ始まったばかりで初々しいが、新しい仲間とプレーするフレッシュな喜びが伝わってくる。今後、練習を重ね強くなっていくにつれ、試合の緊張感も面白さもまだまだどんどん増してゆくことだろう。
「友達を作る」という、一見簡単で誰にでもできるはずのことを、実はとても難しいことだと感じたことはないだろうか。未熟な自分の余計なひとことや行動のせいで友達を傷つけ、結果離れていかれたことはないだろうか。逆に、友達になりたいと思った相手が、同じように思っていてくれて、少しずつ仲良くなっていくことが、ものすごく嬉しかったことはないだろうか。
大人になってから無邪気に友達を作れない。誰しも少しはそういう部分があるんじゃないかと思う。そういう、不安で硬直しかけている気持ちを、押し付けがましい形でなく解きほぐしてくれる作品だと思う。これを読んで、たまらずバレーを始めてしまう少年少女もいるだろう。これは、そういう力のある作品だ。
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