AVライター・雨宮まみの【漫画評】第2回

AV女優は”底辺”の仕事? 業界で働く人間のリアルを描いたマンガ

VS.jpg『バーサス!』和田依子(講談社)

 こないだ名古屋から東京へ帰るバスに乗ろうとしたら、バスの故障で発車が一時間遅れた。隣の席の落ち着いた感じの女性が「どうします?」と声をかけてきたので「お茶でもしません?」と、一緒にお茶することにした。

 白いシャツに茶色のストール、黒いパンツという落ち着いた出で立ちに一瞬年上かと思ったが、喫茶店で向き合うと若い。「今就職活動中で、明日面接で東京に行くんです」と彼女は言った。まだ大学生だったのだ。

 一時間、彼女はいろんなことをしゃべった。自分より後から就職活動始めたコがあっという間に内定取ったけどそれがパチンコ業界だったこと、地元にいると就職活動にみんな緊張感がなくて、それが嫌で東京で就職活動してること、何度も最終面接に行ってるのにまだ内定が出ないこと……。「どういう方向を目指してるの?」と聞くと、彼女はサービス業か商社に絞っていると言ったあとに、こう続けた。

「落ち着いてて、余裕があって、仕事ができてって……そういう大人の女性に憧れてるんですよね。まぁ、憧れだけなんですけど」

 それで彼女の、落ち着いたファッションや物腰の理由がわかった。わかって、ちょっと意地悪に笑いたくなった。

 仕事ってさ、そういうもんじゃないよ。一生懸命やろうが、緊張感があろうがなかろうが、そんなもん関係ないんだよって。いずれ知るだろうから言わないけど、かっこいい仕事なんてこの世の中に、ない。どんな仕事だって新人は恥かいて恥かいて、自分がどんなに何にもできない人間か思い知らされて、洋服や仕草ではごまかせないくらいになにもかもはぎ取られて本性丸出しにさせられるもんなんだよ、って。

 そして、それはきっとあなたが見下すであろうAV業界でも、同じなんだよ。
 
 和田依子の『バーサス!』(講談社)は、大手商社をセクハラ退職した主人公・坂本環が、うっかりAV女優のプロダクションのマネージャー職についてしまうというところから始まる。「なんでAVやってるんですか? すごいですよね。フツーに考えたら恥ずかしくてできないっていうか、尊敬しますよホント」と軽蔑を隠さない環と、AV女優・日生みゆの「あたしだって、あんたみたいなダメ人間大っ嫌い」というまさに「バーサス!」の物語である。

 よくある「AV女優なんてどうせだらしない」「いいかげん」「男に股開くだけで稼げるラクな商売」という、AV女優に対する偏見を和田依子は隠さない。「AV女優にレイプ経験者が多い」ということも、隠さない。それでいてありきたりな、一般的な「ザ・AV女優」のイメージそのままを描くかというと、違う。AV女優にもいろんなコがいて、何も考えないで生きてるわけなんかないだろっていう、当たり前だけどなかなか世間には伝わりにくいそのことを、「日生みゆ」というキャラクターを通して描く。そして、仕事がデキると自分では思ってるのに、全然デキてない女・環の成長も同時に描いていく。

 二人は「仕事をする」ということを通じて、まさしく”裸に”なっていき、そこには戦友のような友情が生まれていく。仕事は単に「仕事」じゃない。仕事をしている以上、そこに恋愛だの生活だの人生だの、そういうものが絡まり合ってくる。単品で「仕事」だけなんてできないんだ。そのこともよく描かれている。

 この作品は、AV業界の人間である私が読んでいてもまったく違和感を感じないくらいにリアルな世界が描かれていながら、それだけにとどまっていない。

 「AV業界のことを知りたい人」が読んでも面白いだろうけど、「AV業界のことなんか興味ない人」「AV業界のことなんか知ってるよっていう人」が読んでも面白いと思う。

 だって「AV業界」なんてものは、あるけど、本当はないんだ。女優の数だけ、監督の数だけ「仕事」があるだけで、「AV業界ってこうだ」と言い切れる決まりきった例なんてない、生きた世界なんだ。和田依子は、日生みゆと坂本環という「生きた女」のキャラクターを描くことで、ひとつの「AV業界の正解」を描くことに成功していると思う。AV業界という特殊な設定にひるまず、ここまで描いた手腕には、やるなぁ、と嬉しくなった。
(雨宮まみ)

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