――後編では、紗々さんの小さい頃から今に至るまでのプライベートなお話を、つっこんで聞いてみたいと思います。ご出身は、たしか沖縄県でしたよね?
「はい、すっごくいいところですよ。といっても、4歳までしか住んでいなくて、その後横浜に引っ越しました」
――どんな子供でした?
「外で遊ぶのが好きでしたね。友達と山に行ってBB弾拾ったり、オママゴトしたり。本物の野菜を使ったりして、リアル志向でしたよ!」
――元気な女の子だったんですね。じゃあ、女の子っぽい人形遊びとかはあんまり?
「いえ、人形は大好きでしたよ。パンツ脱がせたり、頭を丸刈りにしたり……」
――そ、それって、好きとはちょっと違うんじゃ……?
「う~ん、切ってもまた伸びてくると思ってて。ママがそれを見て、あたしの将来をすっごく心配してたらしいです」
――そりゃそうでしょうね(汗) 学校ではどんな子でした?
「学級委員やってたんですよ! すごいでしょ」
――おお、意外と優等生だったんですね。
「先生が、『学級委員にしたらちゃんと学校に来るだろう』って、指名してくれたんです」
――え? 登校拒否だったんですか?
「拒否ってわけじゃなくて、別に行かなくてもいいかなあって。お嫁さんになるのに必要ないし(笑) 友達と遊ぶのは好きだったんですけどね。両親もなにも言わなかったし」
――なるほど。
「おとなしい子ではなかったんですけど、あまり積極的になにかをやりたいっていうのがなかったんです。物欲もないし。家でゴロゴロしてるのが好きだった」
――学校出てからは何してたんですか?
「ネットカフェとか、スーパーとか、クッキー屋さんとかでバイトしてました。でも、毎日同じことをするっていうのが大の苦手で、同じ路線に乗ってるだけで気持ちが悪くなってきちゃうんです。だから転々としてましたね」
――それでなんで芸能界に?
「一言でいうと、”ずっとドキドキしていたかったから”です。プライベートでドキドキすることが全然なくて、退屈で死にそうだったから。きっかけは、カメラ屋さんでバイトしてたときに、事務所の人に声をかけられたことなんですけどね。『AV』とか『キャバクラ』とかのスカウトはよくあったんですけど、『アイドルになってみない?』っていうのは初めてで。それに、そのお兄さんがカッコ良かったらついていっちゃいました(笑)」
――心配性のご両親がよくデビューを許してくれましたね。
「ママたちは、『紗々が初めて自分からやりたいって言ったことだから』って、認めてくれました。それまではやりたいこともない、ほしいものもない、っていう子だったから」
――なるほど、ご両親もうれしかったんでしょうね。でもAVに出るってなったときは、さすがに止めたんじゃないですか?
「まあいろいろありましたけど、今は応援してくれてますよ。AVとはいえ、毎日仕事行ってるっていうことをすごく喜んでます(笑)」
――最後に、将来の夢を聞かせてください。
「一番はお嫁さんになること! 子供を3人生んで、団地妻になりたい。それで、宅配便屋さんが玄関で急に襲ってきて……」
――妄想はいい加減にしてください!
「あはは(笑) じゃあ、もうひとつの夢は、せっかくなんで筆で書いてファンの方にプレゼントしちゃいま~す」
■今の気持ちを、一筆入魂!
モノホンの自宅だそうですよ。
はんだ・ささ
1985年4月18日生まれ。身長158cm・B90(Iカップ)W59H82。A型。『給与明細』『やりすぎコージー』『「ぷっ」すま』など、数々のテレビ番組に出演経験アリ。現在はラジオ番組『範田紗々・とろサーモンのGO!GO!桃色工務店』(ラジオ大阪)にレギュラー出演中。その他の出演情報や作品情報はオフィシャルサイトから。ブログ「ぱんだ日記」も要チェックだ!