「ううん、大丈夫だよ。少しでも真知子さんと繋がれて嬉しかった」
真知子さんの頭をそっと撫でる。本当に優しいな、と僕は思った。アソコに痛みを感じでなお、こちらを気遣うその優しさが愛おしかった。
「本当に?」
「うん、本当だよ。嬉しかった」
「私も…嬉しかった」
ホッとしたのか、表情の筋肉が和らいだ。それにつられて、僕の顔もほころぶ。
自然と唇が重なった。相変わらずの、気持ちの良いキスだった。
真知子さんの手の中で、モノがどんどん大きくなる。
「わあ」
真知子さんが驚いたようにモノを見た。
「キスしたら興奮しちゃった」
「…舐める?」
まだ舐めようとしてくれているんだ。なんて優しいのだろう。もう、その心だけで充分だ。
「いや、ゴムつけてるからゴムの味しちゃうと思うし大丈夫だよ。それよりも、キスがしたい」
真知子さんを見つめる。
「だから、キスをしながら握ってて欲しい。それだけですごく気持ち良いから」
真知子さんは軽く頷いて、自らキスをしてくれた。舌が口の中に入ってくる。
モノを握ってもらいながら、深いキスをたくさんした。真知子さんのキスは優しくて、とろけそうになる。一生味わっていたいと思う。だが、モノが限界だった。
「真知子さん出していい?」
「えっ」
僕は真知子さんから離れ、ベッド脇に置いてあるティッシュを何枚かとった。
「キスしてて」
キスをしながら、立ち膝の状態で自分の手でモノをシゴいた。そしてもう片方の手でティッシュを覆い被せる。
舌の動きが激しくなる。僕も真知子さんも「はぁはぁ」と吐息が漏れ始めた。モノをシゴく手の動きが無意識に早くなる。体内を駆け巡る血の流れが早くなったような気がした。興奮が下半身に集まり、モノの先端から勢いよく飛び出す。
「イくっ!!」
ティッシュを持つ手に、液体が当たった。僕は今、真知子さんとキスをしながら射精した。
ティッシュを処理している僕を、真知子さんは不思議そうな顔で見つめる。
「気持ち良かった?」
「うん、気持ち良かったよ」
「良かった」
射精した僕を見て、真知子さんは嬉しそうだった。そんなに射精をして欲しかったのだろうかと思うと、なんだか愛おしくなって自然と笑みがこぼれた。
真知子さんは満足そうな顔で下着を身につけ始めた。むき出しになっていた裸体が、綺麗に梱包されていくようだ。まるで、僕が触れた跡を大切にしまっているように思えて嬉しくなった。
今までセックスまで辿り着けなかった時は、女性に拒まれた、という感覚が強かった。彼女たちは笑顔を見せるもそれはこちらへの気遣いなだけで、内心は困っていたり拒絶していることが反応から透けて見えた。だから僕はいつも、女性たちをそんな風にさせてしまったと後悔してしまう。
しかし今回はセックスまで辿り着けなかったが、真知子さんの表情からは「拒絶」は感じなかった。なぜなら、真知子さんは本当に満足そうな表情をしていたからだ。
そんな表情を見ていると、僕も嬉しくなる。最後まで出来なかったとはいえ女性を満足させることができたのはとても嬉しい。そうだ、セックスとは挿入ではなくて、その行為全体を指すものなのだということを改めて思い出した。挿入までいかなくたって、セックスを楽しむことはできるのだ。
「真知子さん」
「なに?」
「その…その姿のままで寝ませんか?」
「その姿って…下着?」
「はい。本当は裸がいいかなって思ったんですけど」
「裸?」
「はい。裸で抱き合いながら寝れたらなって思ったんですけど、ダメですかね?」
しばし考えた後、真知子さんは頷いた。
「恥ずかしいけど…うん、わかった」
着けたばかりの下着を真知子さんが外す。その仕草は、梱包されたプレゼントを丁寧に開封するようで、思わず見惚れてしまった。
下着を外した真知子さんの手から、丸くて白い乳房が溢れた。
「そんなにじっと見られると恥ずかしい」
「あ、ごめんなさい」
ふふふ、と一緒に笑い合った。目はもう暗闇に慣れている。真っ暗な中だけど、美しい裸体をしっかりと捉えることができる。
昨日行った、大好きな歌手のライブを思い出す。真っ暗な夜空に光る星、ステージを照らす照明の光。その輝きのように、真知子さんの美しくて真っ白な裸体がこの空間を照らしている。
「じゃあ、寝ましょうか」
一緒に布団に入ると、「ふふふ」とまた真知子さんが笑った。「なんで笑ってるんですか」と聞くと、「なんかこういうのすごく楽しい」と返ってきた。「こういうの」がどういうものかわからなかったが、真知子さんが笑ってくれているならどうでもよかった。だって僕も今、ものすごく楽しいから。
「おやすみなさい」
「おやすみなさい」
首の下に手を入れて、小さな真知子さんの体を抱きしめる。真知子さんは僕の体に包まれるように、顔を胸に当てた。
触れ合う肌と肌から伝わる真知子さんの体の火照り。人は熱を持っている、という事実に触れる。その熱は時に炎となって誰かを火傷させてしまうのかもしれないけど、今の僕にとっては安心感に包まれた焚き火のような温かさだった。
なんとも言えない多幸感に包まれて、眠りに落ちる。昨日から今日まで、とてもとても長い一日だった。
目を覚ますと、隣に裸の真知子さんがいた。嬉しくなって、思わずぎゅっと抱きしめる。
真知子さんが目を開いた。その表情はまだ眠そうで、可愛い。起こしてしまったという罪悪感を打ち消すぐらいに可愛い。そう思うのは、昨日たくさんキスをして情が移っているからだろうか。
「おはよう」
そう挨拶を交わし、まるで磁石がくっつくかのようにキスが始まった。当たり前のようにすぐ舌が絡まり合う。
「きゃっ」
モノが大きくなってしまい、真知子さんのお腹に当たった。
「すいません。朝勃ちってやつですね」
「すごいね。朝から元気だ」
「はい、元気です」
触ってくれますか、と言うと真知子さんは素直にモノを握ってくれた。恥ずかしがるそぶりも、「どうしよっかなー」という駆け引きも見せない健やかさが、僕にとってはものすごくありがたい。
真知子さんに触ってもらいながらキスをした。柔らかく膨らんだ乳房に触れた。スベスベの肌触りがとても心地良かった。
カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。寝起きの気だるさを抱えながらのキスと触れ合いは、不思議と心を豊かにしてくれた。帰りたくないと思った。昨日は挿入できなかったのに、ものすごく幸せだと思った。
キスが終わったあと、服に着替えた。その途中、何度もキスをしてしまってなかなか着替えが進まなかったが、真知子さんは楽しそうだった。その風景はおそらく、恋人たち以上に恋人だった。
「それじゃあ、行きましょうか」
昨日、真知子さんとセックスをすることはできなかった。でも、今日の朝のこの気持ちは、どんな女性とセックスした後よりも幸せな気持ちだった。セックスができなかったという後悔も、セックスをした後の賢者モードも何もなかった。ただただ幸福がそこにあった。
「うん。行こう」
自然に手を繋ぎホテルを出た。真知子さんの手は少し冷たかった。だがその冷たさが、真知子さんと手を繋いでいるということが現実であることを教えてくれていた。
昨日のライブからずっと、夢の中にいる気がした。
ここで真知子さんとサヨナラしたら、また嫌な現実が始まってしまう。
それでも、現実にも楽しいことがあるのだということが、真知子さんの手の冷たさが教えてくれている。ずっと夢の中にいたような気がしたが、ライブも、真知子さんと過ごした夜も、キスも、今もずっと現実なんだ。
「真知子さん」
ライブが終わってしまうと、いつもこれから何を目標に生きていけばいいかわからなくなっていた。
「また、会えますか?」
だからこれからは、真知子さんと再び会うことを目標に人生を頑張りたい。
「うん。会おう。今回は観光できなかったから、近々また東京に来たいなって思ってた。その時、また会おう」
そしてその時に、真知子さんとセックスができることを楽しみにしていたい。
「はい。連絡待ってます」
駅に着いて、繋いでいた手が離れた。それは周りの人が見たら、別れの寂しいシーンだったかもしれない。でも、僕にとってはこれからの期待と楽しみに続く人生の始まりだった。
小夏さんと別れた後に、真知子さんとの出会いがあった。寂しいことの後に、想像以上の幸福があった。
僕はもう寂しさの後に幸福が来ることを知っている。だから、繋いでいた手を離すことは、また真知子さんと出会える幸福につながるということも、知っている。
(文=隔たり)