「梨香」
名前を呼ぶ。互いに触れ合っているときに名前を呼ぶという行為は、愛を語るよりも愛を表現しているような気もする。
この場合は、性愛、なのかもしれないが。
「舐めてる顔が見たい」
そう言うと、梨香は僕を見つめながら少し首をかしげた。言葉は発しないが、瞳は僕のことをずっと捉えていて離さない。それはまるで、獲物をじっと見つめる女豹のようだと僕は思った。
「股の間に座って欲しい」
僕は足を広げ、そこに出来た空間を指でさす。
「そして、こっちを見ながらしゃぶって欲しい」
机を前に押し、スペースを作った。そこに梨香が正座をするような形で座る。その状況は、AVによくある「机の下に隠れている女性がこっそりフェラをする」というのに似ていた。
モノを持ち、上目遣いでこちらを見つめる梨香。そのトロンとした表情を見て、この子も「女」なのだなと悟る。
もう、しゃぶる前の苦い顔は梨香の顔から消えていた。ああ良かったと、安心感が胸に広がる。あとは悩まずに、精一杯、この時間を楽しむだけだ。
「お願い。たくさん舐めて」
うん、と梨香は小さな声で囁いた。その声は、明るくも高くもなく、ただ恥ずかしがっている甘い「女」の声だった。
梨香がパクリとモノを咥える。モノを咥えた唇はゆっくりと根元まで降り、そしてねっとりと吸い取るように上がった。
梨香の舌がモノの周りを回転するように動く。その動きによって、モノと口の中の密着感が高まる。口の中にはもうほとんど空間がなく、まるで女性器に入れているような感覚になった。
「気持ち良い」
僕がそう漏らすと、梨香が目を開け、こちらを見てきた。
目が合う。
フェラをしている梨香。口を縦に開き、目一杯モノを咥えている。頬がすぼみ、その表情はアホっぽく鳴く鳥の顔と大差ない。
冷静に、女性のこの顔って滑稽だよな、と思った。口を縦に開けて頬をすぼめているので、顔の形が崩れてしまっている。何もしない普通の顔の方が圧倒的に可愛い。
なのになぜ、僕はこの表情に興奮してしまうのだろうか。モノを咥えていなかったら変顔だとも取れるような顔を、なぜ美しいと感じるのだろうか。
「んふ…んぐ…」
梨香は再び目をつぶり、モノをしゃぶりだす。僕の顔に何度も梨香の顔が埋まった。
また部屋の前を人が通り過ぎた。意識が部屋の外に向き、見られてしまったのではないか、という不安が頭をよぎる。
「んあっ…んっんっ」
一度外が気になってしまうと、そこから意識が離れない。また人が通るのではないかとヒヤヒヤしてしまう。
けれども、梨香はしゃぶり続けていた。僕は外を意識した状態のまま梨香の顔を見る。すると、なんだか不思議な疑問が頭を掠めた。
なぜ人は性器を咥え、舐めるのだろうか、と。
当たり前のことだと思っていたし、疑問に感じたことなどなかった。早くその行為を体験したいと、大人になるための切符みたいな行為だと思っていた。
コンビニにはコンドームが売っているし、街には堂々とラブホテルが建っている。性器を愛撫し、女性器の中に男性器を挿れることが前提の世の中。そんな当たり前とされている行為の中にあるフェラチオを、部屋の前を人が通るかどうかを気にしながら眺めて見ると、とても滑稽な行為なように見えた。
尿が放出される不気味な形をした男性器を、肌やメイクなどの美を気にしながら生きている女性が咥えるという行為、フェラチオ。
カラオケの部屋の中、机の下に潜り込むという形を取ってまで、梨香は僕にそういう行為をしてくれている。
そして、そういう行為をたくさんの男女がしているという事実。ラブホテルや家。今でも別の場所で、僕らと同じような行為を他の男女もしているという事実。
そんな事実が当たり前にある世界。そして、そういった行為を嫌われてしまうこと覚悟で梨香に求めた僕。