「そう。あなたの力で私の家に上がれたんじゃないの。私があなたを家にあげさせてあげたのよ」
「じゃあ、僕以外の男の人もそうやって…」
「ええ。みんな私の家に来てくれたわ。遠いのにね、わざわざ。私、めんどくさいのよ。たかがセックスするためにオシャレして化粧して外に出るのが」
都さんの顔を見る。すっぴんにパジャマという、全くセクシーさのかけらもない見た目だ。僕はこの都さんに欲情し、セックスをしたいと思っていた。
都さんの家に来てから、どこか手のひらの上で転がされているという感覚があった。それに負けないようにと、僕もいろいろ駆け引きをした。でも、違かったのだ。僕はこの家にくる前からすでに、都さんの手のひらで転がされていたのだ。
「ということは、いつも夜に返信が来るのに、2日間連絡がなかったのは…」
「そうよ。あなたの想像通り」
「男の人と、この部屋でしていたから、返信ができなかったと」
「ええ、それもあるわね。でも、返信しようと思えば返信できたわよ。でも、なんで返信しなかったと思う?」
「…わからないです」
「いつもの時間に返信がこなくて、焦ったでしょ? しかもそれが会う約束をした後だったから、本当に会えるのかなって不安になったでしょ? それで私のことばかり考えてたでしょ?」
だってセックスしたかったんだもんね、と都さんは微笑んだ。その笑顔は悪魔のような笑顔にも見えたし、子供をなだめる母のような笑顔にも見えた。
都さんの言うとおりだった。僕は突然連絡がこなくなってドキドキしていた。都さんに会えないんじゃないか、ドタキャンされたんじゃないかと不安になった。あれも、都さんの意図的な行動だったとは。
「毎日同じ時間に連絡が来ると、人は安心するもんね。だいたいこの時間に連絡が来るだろうと。でも突然、その時間に来なかったとしたら、何があったんだろうって気になって仕方ないわよね」
そう言って都さんは僕の股間に手を添えた。
「毎日同じ時間にご飯を与えるの。すると、与えられた方はその時間にご飯が来ると学ぶから、安心して生活する。でも突然、その時間にご飯が来なかったら? お腹を空かせるわよね。そして、お腹が空きすぎると早くご飯が欲しいって、ご飯のことしか考えられなくなる」
そして都さんはゆっくりと僕の股間を撫でた。
「そんなお腹を空かせた人の前に、いつもの時間と違う時間にご飯を出してみたらどうなる? その人はどんな行動をとるかしら。いつものご飯の時間まで我慢できると思う?」
「できないですね…」
「そうなの。お腹が空いているから、何も考えず飛びついて食べてしまうのよ。あなたみたいに」
いつも夜に来ていた連絡が、昨日に限って夕方に来た。僕はその連絡を見て、セックスをしていた女性との食事を断ってまで、都さんを優先してしまった。どんな選択肢よりも、都さんと会うことを優先していた。
「僕がここに来たのは、都さんの思い通りだったわけですね」
「そうなるわね」
僕は悲しくなった。自分の意志で動いていたと思ったのに、それが都さんにコントロールされた行動だったと思うと、自分がバカみたいで悲しくなった。
「でも」
都さんは僕の股間から手を離した。
「さっき、あなたは他の男たちと一緒だと言ったけど、やっぱり違うのかもしれないね」
都さんは離した手を僕の唇に当てた。僕を見つめるその眼差しは、どこか優しく感じられた。
「男たちはすぐに私を襲って来る。やりたいという欲望をむき出しにして、私に触れて来るわ。でも、あなたはそうしなかった。いきなり手を出して来るのではなく、少しづつ距離を近づけようとして来た。毛布をかけようと提案したり、会話の流れで少しづつ近づいて来たり。それが可愛いなって思ったわ」
僕の唇に触れていた指を、都さんは離した。そして、優しく笑った。
「不覚にも、少しドキドキしてしまったわ。まるで付き合ったばかりの男女の初夜、という感じで。だから、映画を見ることしたのよ。私、映画好きだから」
暗闇の中では顔は見えないしね、と都さんは小さく呟いた。それを見て、都さんは過去に何かあったのかもしれないと、ただ遠い国の景色を想像するようにぼんやり思った。
「それでキスをして、相性の良さがわかって、ああ、この子いいなって思ったの。この子となら、ゆっくり関係を深めていけそうだわって」
そう言った都さんの表情は寂しげたった。家を出るときに都さんが呟いた「寂しいわね」という言葉を、僕は思い出していた。