「寂しかったです」
気づけば僕はそう言っていた。そう、僕は都さんが急にいなくなって寂しかったのだ。さっきまでキスをするくらい距離が縮まっていたのに、急に突き放されてしまって寂しかったのだ。寂しいから不安になって色々考えてしまっていたということを、僕は都さんを見て気がついた。
暗闇の中に現れた微かな光はコンドームではなかった。その光は今やっと現れた。このまばゆい光に照らされた都さんの元へ僕は進んでいるのだ。まるで吸い込まれるように。
「友達と電話してただけだよ。仕事で悩んでいるらしくて聞いていただけ」
都さん。都さん。あなたは僕を拒絶していたわけではないのですね。
「それより、どうしたのよ。正座して」
「あ、その、都さんが怒ったのかなと思って」
怒ってないわよ、と都さんは爽やかに笑った。そして「もう遅いから寝るわよ」と電気を消し、ベッドの中へと入った。
都さんが怒ってないということには安心したが、やっぱり一緒に寝てくれないのか、と悲しくなる。これは状況が元通りになっただけだった。僕はソファで、都さんはベッド。この距離感は都さんが帰って来たとて変わらない。
このまま諦めて寝てしまおうか、と考える。だが、僕はゴミ箱の中にあったコンドームを思い出した。
僕は都さんのベッドに近づく。都さんには決して触れない。僕はゆっくりとベッド脇にしゃがんで、囁く。
「都さん。一緒に寝たいです」
都さんは無言のままだった。「怒ってない」と言った都さんの言葉を信じ、続ける。
「都さんがいなくなって、寂しかったです」
変にカッコつけるのはもうやめよう。都さんをコントロールしようとするのもやめよう。都さんを自分の思い通りに動かそうとするのではなくて、恥ずかしくても、情けなくても、今の気持ちをちゃんと伝えるべきだ。
「だから、少しでもいいのでそばにいてほしいです」
なぜなら都さんの前で、駆け引きは通用しないから。
「ちょっとだけ、一緒に寝ませんか?」
ソファで一人で寝るのは悲しかった。ならせめて、体を寄せ合って寝たい。都さんの温もりを感じながら、寝たい。セックスできるかなんてどうでもいい。
僕の言葉を聞いた都さんは何も言わずにベッドから起き上がった。そして僕の手を引き、畳まれていた毛布を手に取った。
「ベッドはダメだけど、床ならいいよ」
床で寝ると体が痛くなってしまうのではないか、と一瞬思ったが、都さんと寝ることができるのであれば、そんなことどうでもよかった。
「はい。大丈夫です」
床で一緒に寝て、その上に毛布をかけた。床はひんやりと冷たかったが、だからこそ都さんの体温をより身近に感じた。
「都さん」
僕は横を向いて都さんを見る。
「ありがとうございます」
こちらを見た都さんの顔はお世辞にも美人とは言えない。だが、その醸し出す雰囲気は今まで会ったどの女性よりも妖艶で、僕を狂わせる。
「キスしたいです」
気づけば口からそう漏れていた。自分の意志で言ったのか、都さんに言わされたのかはわからない。
都さんのぽってりとした唇がそっと重なる。寂しくて不安だった辛い状況の後の優しいご褒美に、僕は心から幸せを感じた。都さん、キスしてくれてありがとう。セックスできなかったけど、僕はこれでもう満足だった。
唇が離れ、都さんが寝返り反対側を向いた。少し寂しさを覚えるが、唇に残る都さんの唇の感触があれば大丈夫だと思った。僕はそっと都さんの背中に手を添える。
「都さん、キスしてくれてありがとうございます」
都さんとセックスをしたいと思ってここにきた。掴み所のない都さんを頑張ってセックスに誘導した。でも、ダメだった。駆け引きでは都さんの方が何枚も上手だった。セックスしたいと来たはずなのに、キスだけでもう感謝できてしまう。僕は負けたのだ。都さんの勝ちだ。
…負けた? 勝ち?
僕は何を戦っていたのだろうか。都さんとの関係に勝ち負けなんて、ないはずなのに。
そう思った瞬間、ふっと体が楽になった。僕は都さんと戦いに来たわけではない。触れたかった。それだけだ。セックスはできなかったけど、キスはできた、それでいい。それだけで満足だった。
「おやすみなさい」
都さんの後頭部にそう告げて、僕は寝るために目を瞑った。今日はとても長い1日だった。
もう寝よう。
そう思った瞬間、
「いいわよ」
と都さんが唐突に言った。僕は反射的に目を開けて横を見る。都さんはこちらを向いていない。
「胸、触っていいわよ。触りたいでしょ?」
ああ、もうダメだ。
「…はい。触りたいです」
都さんからは逃れられない。
「ありがとうございます。失礼します」
まるで仕事相手の取引先にするような丁寧な返事をして、僕は手を伸ばす。そして後ろから、都さんの胸を揉んだ。
都さんはノーブラだった。ダイレクトに胸の柔らかさが手に広がってくる。手に収まらないほど大きな胸で、揉むと指が埋まってしまいそうだった。こんなに柔らかな胸を触るのは初めてだった。僕はただ都さんの胸の感触を忘れまいと、揉み続けた。